果汁1% 炭酸少女

「うわっ、いてる」
 セルフィは、そこにアーヴァインがいるのを見つけると、くるんと身体を反転させて、今通って来たばかりの通路を戻った。
 別にケンカをしていて避けているとかではなくて、今彼にかち合うと説教をされるような気がして、避けている。

「う〜ん、ドコで食べよ」
 昼食が入っている紙袋を握り直して、セルフィは考えた。
 アーヴァインが思いつきそうにない場所、ゆっくり昼食が食べられそうな場所。
「第二格納庫の辺りでも行ってみようかな」
 ガーデンの端のハシ。第一格納庫と違って、小型飛空艇や車の整備で使用されるそこなら、生徒はあまり来ない。アーヴァインにも言っていない、セルフィの密かなお気に入りの場所。ついでに、久し振りに近道も通ってみたくなった。トラビアガーデンにいた頃は、移動距離を短縮するのと好奇心とで、先人の作った抜け道やら近道を見つけるのが楽しかった。たまに自分で作ったりもしたけど。トラビアにいた時ほどではないけれど、バラムガーデンでもいくつか抜け道を知っている。それはセルフィが学園生活を楽しく過ごす為の、大事な要素の一つでもあった。
「あれ、ゼル。何やってんの?」
 生徒は滅多に来ない、油や鉄の臭いのする格納庫端の作業場にゼルがいた。
「近所のじーちゃんに、送風機直してくれって頼まれた」
「バラムの街の?」
「そうだ。で、ここのチーフに頼んで工具と設備使わせてもらってんだ」
「そうなんだ。直りそう?」
「作りは単純だから、もうちょっとてトコかな。部品が古いんで、ちょっと新しく作ったりしてて、思ったより時間かかった」
 ゼルの手元には折れた黒っぽい部品の隣に、真新しい銀色をした同じ形の部品もあった。
「作ったん?」
「ああ、単純な部品だったんで、スキャンかけてソイツで作った」
 すこし離れたところに置いてある機械を、ゼルは指差していた。ゼルと同様よくここに出入りしているセルフィのまだ使ったことのない機械だ。時間が取れたら使い方を教えて貰いたいと思ったりした。
「楽しそうだねゼル」
「楽しいぜ」
 ゼルは黒い油で少し汚れた顔でニッと笑う。その後を追うようにぐ〜っというお腹の音もした。
「お昼食べてないん?」
「あ、これが終わってからと思ってまだだった」
「それ、あたしにやらせてくれたら。パン分けてあげるよ〜」
 セルフィは持っていた紙袋をくいんと掲げた。
「お、そうか。じゃヨロシク〜」
 セルフィはゼルに紙袋を渡して、彼と場所を入れ替わった。
「このコードを繋ぐの?」
 ゼルはしこたまパンを口に突っ込んでいたので、首だけを振って答えている。
「りょうか〜い」
 ゼルからニッパーを受け取ると、セルフィは作業を開始した。
 セルフィは何かを創るということが好きだった。時間はかかっても、目に見えて出来上がっていく様を見るのは楽しい。それが完成した瞬間の、あのなんとも言えない充足感と幸福感はたまらない。それでも得意分野というのがあって、こういった工作的なものばかり熱心なセルフィの姿を見て、養母は少し残念な顔をしたけれど、養父は豪快に笑ったものだ。
「へ〜、うまいもんだな」
 指についたケチャップを舐めながら、ゼルがセルフィの作業を覗き込んできた。
「なんか、燃えるんだよね、こういうの」
「あ、わかかるぜ。別にくっつきゃいいんだけど、それが綺麗な形になると、すんげーウレシイんだよな」
 セルフィはそれを聞いて、自分と同じだと思った。今やっている基盤に貼り付けられた銀色の箔の上に、コードの線をハンダ付けする作業とか特にそうだった。ハンダが丸くキレイに箔の上に乗ると、妙に嬉しい。それが均等に並ぶともう芸術の域だとさえ思う。
「セルフィはえーな、もうそこまで終わったのか」
「コツがあるんだよーん」
「どんな?」
 ゼルも本当に好きらしく、瞳の輝きが違う。
「コードの線を新しく出す時にね、ぐるっと一周ニッパーで軽くキリトリ線みたいの入れとくんだよね。んで、後は中の銅線を切ってしまわない程度に力を入れて、ニッパーで掴んで上に引っ張り上げるとうまくいくよん」
「お、いいこと聞いた、今度試してみるわ。ありがとな」
「あたしは今度あの機械の使い方教えてよ」
「マニアックだな、いつでもいいぜ〜」
 ゼルは得意げに白い歯を見せてニカッと笑った。
「で、セルフィこんな所で油売ってていいのか? 試験もうすぐじゃね?」
「うん ちょっと息抜き、これからまた図書館に戻る」
「セルフィさん、ここにいたんですね」
 不意に聞こえた弾むような声に振り向くと、三つ編みを揺らせてゼルの彼女が小走りにやって来ていた。
「三つ編みちゃん、あたしを探してた?」
「いえ、私じゃなくてアーヴァインさんが…」
「うわっ、マズッ。じゃ、ゼル、三つ編みちゃんまたね〜」
 三つ編の少女がまだ言いかけているにも拘わらず、セルフィはイヤな予感がして身を翻した。
「セルフィさんも一緒にどうですか〜?」
 後ろを向くと、三つ編みちゃんが手にしていた小振りなバスケットを高く掲げて指差していた。
「うん、今度かならずご馳走になる〜」
 料理が美味しいとゼルご自慢の彼女のお手製ランチには非常に後ろ髪を引かれたが、セルフィはこの場を離れる方を優先させた。


「セフィどこにいるんだろ。せっかくお昼を一緒にと思ったのにさ……」
 セルフィから遅れること十数分、誰に教えられるでもなくアーヴァインも第二格納庫へとやって来ていた。
 そこで修理作業をやっていたゼルと話をすると、すこし前にはここにいたらしいということを知った。それと、彼の知らなかった彼女の情報もゼルから聞いた。聞いたというか、ゼルがうっかり口をすべらせたというか。
 お陰でアーヴァインは、ここのところセルフィと妙にすれ違いになっている理由が判った。
 大型旅客飛空艇操縦士の資格試験のため。
 ラグナロクをガンガン操縦しているセルフィがなぜ今更そんな試験を受けるのかとゼルに問えば、そのラグナロクの操縦には、飛空艇の操縦免許と大型旅客機の操縦免許が必要なのを、セルフィは知らなかったらしい。
 元々、ラグナロク自体が特殊な経路で入手し、その後太っ腹なエスタ大統領の「アルティミシアを倒した褒美だ、もってけ」の一言でバラムガーデンに譲渡された。そんなことでもなければ操縦する機会が巡ってくるような飛空艇ではない。20年近く前に建造されたとはいえ、科学技術先進国エスタの、それこそ科学の粋を集結させたような、スッゴイ飛空艇なのだ。
 そんな稀なる飛空艇の操縦条件など知らなくても、フシギではない。何しろ、そんなスッゴイ飛空艇の、しかも初見の操縦パネルを軽〜く操作して飛ばしてしまったとんでも生物が、他ならぬセルフィなのだから。ついでそのことに感動して、我がことのようにセルフィをみんなに自慢してしまったのを思い出し、アーヴァインは唇の端をすこし引きつらせて自嘲した。
 そんな彼女が居そうな場所と言えば――――。
「図書館とか?」
 勉強をするには最も一般的な場所だが、セルフィににもそれが果たして当てはまるのかどうか怪しかった。が、アーヴァインは取り敢えず、図書館に足を向けた。


「お、いた」
 図書館の奥のスペースに座っているセルフィの後ろ姿がすぐに見つかった。頭の動きから、参考書を読みながら、ノートに書き出しているようだ。
「……セフィ」
 アーヴァインは出来るだけ小さな声で呼びかけた。昼下がりの図書館は閑々としていて、近くに人影はないが、その分小さな声でもよく通る。
 セルフィはアーヴァインの声がした方へすぐにくるんと振り向いた。その顔に一瞬悪戯でも見つかったかのように、気まずそうな表情が走る。
『なに?』
 嫌がっている風ではないが、声を殺した返事が返ってきた。
『試験勉強してるって?』
 アーヴァインもセルフィと同じように声を殺して尋ねる。
 チラッとアーヴァインの方を見上げはしたが、その質問が聞こえなかったかのような顔をしてセルフィは参考書を目で追い続け、アーヴァインもそんな彼女の態度を別段気にすることもなく、話を続けた。
『ゼルから聞いたんだけど、ホント? 大型の飛空艇の操縦資格持ってなかったって』
 アーヴァインの言葉に参考書をなぞっていたセルフィの指の動きがピクッとする。
『……ゼルめ』
 小さく悪態を突くような声が発せられたけれど、それでもセルフィは参考書から目を離さない。
『ほんとなの?』
 やっぱりそこを訊いてくるのかとセルフィは溜息をつき、すこし間を置いてやっと口を開いた。
『知らなかったの。そんな免許がいるなんて。ラグナロクの操縦すごい簡単やったし……』
『やっぱり、そうなんだね』
 アーヴァインはクスッと笑って、セルフィの隣の椅子を引いて腰を降ろした。
『それだけ?』
 それ以上何も聞いてこないのを不思議に思い、セルフィはアーヴァインに問う。
『うん、そうだけど、なんか他にあった?』
『ないない、なんにもない』
 てっきり資格も持たずにラグナロクを乗り回していたセルフィの軽率っぷりを咎められると思っていたが、そうではなかった。つい彼のことをそんな風に思い込んでいたのを、セルフィはちょっとだけ反省した。
『手伝おうか?』
『え?』
 さらに意外な言葉に、セルフィはきょとんとした顔でアーヴァインを見た。
『この前ガルバディアに帰った時に試験受けたから、傾向と対策とか教えてあげられると思うよ』
『ホントッ!?』
 セルフィの顔が今度はパッと輝く。
 目まぐるしく変わるセルフィの表情に苦笑しつつも、アーヴァインはようやくセルフィを捕まえることが出来て嬉しかった。



「アービン受かったよー!!」
 試験の合否通知を受け取ると、セルフィは真っ先にアーヴァインのところに駆けつけ、嬉しい勢いのまま彼の胸に飛び込んだ。
「おめでとう、セフィ。頑張った甲斐があったね!」
 セルフィの身体を抱き止めながら、アーヴァインもまた自分のことのように喜んだ。
「ありがとねー、アービンが手伝ってくれたお陰だよ〜。お礼、何がいい?」
 トンと地面に降りたセルフィが、にこにこ顔でアーヴァインを見上げる。
「いいの!?」
「いいの、いいの。今だから白状するけど、けっこう難しくて苦戦してん。せやから、アービンが手伝ってくれて、ホント助かったんだよ〜」
「そっか〜、それなら……。ん〜、そうだね〜」
 アーヴァインの胸中を色んなものが駆け巡る。一体どんなことを頼もうか。小さなことから、言った後の反応がコワイものまで、イロイロ、イロイロと。
「まだ〜?」
 だが、急に言われてなかなか一つに絞れなかった。
「そうだね〜。う〜ん、じゃ、今度のデートは僕のしたいことというか、行きたいトコがあるんだけど何も聞かずにつきあってくれないかな」
「エッチぃことはお断りやで」
 間髪入れずに帰ってきた返事に、そんなつもりはなかったが、そういう候補もあったにはあったことに内心ギクッとしつつアーヴァインは「そんなところ行かないよ〜」と手をブンブン振って否定した。
「オケ! じゃ、今度ね〜」
 そう言って極上の笑顔と共にアーヴァインの手を一度ぎゅっと握ると、くるんとカラダを反転させて駆けていくセルフィの後ろ姿をアーヴァインは複雑な心境で見送った。
『なんか先手打たれた? 僕ってセフィにとってなんなのか、ちょっと自信がなくなりそうだな〜』
 こんなセリフをまたセルフィに聞かれたらイヤ〜な視線を向けられるはめになったのだろうが、健全な青少年としては、もうちょっと恋人との関係の進展を願ってしまうのも、また止められるものではないということを、彼女はまだ気がついていないようだ。
『がんばれ、僕』
 道のりは険しい。そう思うとアーヴァインは、思わず自分にエールを送らずにはいられなかった。



※-※-※



 約束の日は、ここドールも朝から快晴だった。
「日差しが強いね。セフィはこれ被ってて」
 そう言うとアーヴァインはセルフィの頭に自分のテンガロンハットをポンと載せた。
「でもアービンだって暑いでしょ〜」
 暑いのはアーヴァインだって同じなのだから返そうと思い、セルフィはテンガロンハットに手をかけた。
「いいから、いいから〜。セフィが被ってるのを見るのが好きなんだよ〜」
 気温の高さとは裏腹に涼しげな笑顔をセルフィに向けて、彼女の手をテンガロンハットからやんわりと外す。
「ありがと」
 短く礼を言うと、セルフィは横目にフッと歩道に立ち並ぶショーウィンドウを見た。
 カラフルな色遣い。このシーズンの流行デザインの服が並んでいる。
 そのガラスに映るアーヴァインのテンガロンハットを被った自分の姿。アーヴァインには言ってないけれど、その姿はセルフィ自身も気に入っていた。
 アルティミシアを倒した後のパーティで、撮影の邪魔になるだろうと、何げなくアーヴァインのテンガロンハットを被った。それを見た友人たちに「似合ってるね」と言われたのだ。全く思ってもいなかったものを褒められただけに、とても嬉しかったのを憶えている。そして鏡を見て、自分でも似合っている――――と思った。
 もちろん一番似合っているのは持ち主のアーヴァインだ。それは譲れない。
 たまに、こんな風にちょっこっとだけ被らせて貰う。そしてアーヴァインが「カワイイね」と褒めてくれる。セルフィはそれで充分だった。

「セフィ、ここに入ろう」
 ふいにアーヴァインに手を引かれてセルフィは我に返った。今見ていたショーウィンドウのお店に入る気らしい。
「え!? まだ入るん〜」
 セルフィはちょっとうんざりとした。もう、そうやって四、五軒は洋服のショップばかり連れ回されている。それがアーヴァインの希望した『試験勉強のお礼』だったのだ。
 ただ見て回るだけならセルフィも何とも思わなかったけれど、入る店入る店全部でアーヴァインに「コレを着てみて、次はアレ」と着せ替え人形よろしく試着三昧させられ、最初は楽しかったもののいい加減疲れてきていた。
「セフィ、約束だよ〜」
「うえ〜」
 そう言われると返す言葉がなかった。お礼をすると言ったのは他でもないセルフィなのだ。だからちゃんと付き合うのが筋だとセルフィも思う。
 思うけれど――――。
 さんざん試着をするだけして、まだ一着も買っていないのはどうなのか。お店にとってはただの冷かし客になっている。それはなんだか申し訳ないというか、なんというか……。普段、パッと見て気に入ったものをさっさと買うか、試着をしても二三着で決めてしまうセルフィとっては、馴染みのない行為でなんとなく落ち着かない。
「うん、セフィ、これもカワイイ!」
 セルフィがフィッティングルームから出ると、満足げなにこにこ笑顔のアーヴァインが待ちかまえたように立っていた。
「はいはい、ありがとね〜。んね、もう終わりにしてもいい?」
「え〜、まだそれ2着目だよ」
「あのね、このお店ではまだ2着目かも知れないけど、ぜ〜んぶ足すともう20回以上着替えてるよ!」
「疲れた?」
「ず〜っとやもん、疲れるよ〜」
「そか、じゃそろそろ…」
「あ、せや! 今度はアービンの番な!」
 セルフィの瞳が何か楽しいものを見つけた時のようにパッと輝く。
「は? セフィ!?」
「ちょっと待っとき」
 そう言ってセルフィは、フィッティングルームのドアを閉めると大急ぎで着替えた。

「アービン、はい、これっ!」
 試着した服をアーヴァインが元の所に戻している間に、適当に見繕ってきた服を彼に押しつけるようにして今度はセルフィが、アーヴァインをフィッティングルームに押し込んだ。
「セフィ、これ本気〜?」
「本気、本気、黙って着替えるの〜」
「…………」
 何か不満があるらしかったが、抵抗はムダだと思ったのか、それ以上アーヴァインは何も言わなかった。
 セルフィはちょっとワクワクしながらアーヴァインが着替えるのを待っていた。
 店の半分が男性物のエリアになっているのを見て、ささやかな反撃を思いついたのだ。その中から、ちょっとコーディネイトや着こなしが難しそうな、奇抜なデザインの物や個性的なものを選んでアーヴァインに渡した。
 今まで着せ替え人形として、黙って付き合ったのだ。ちょっとアーヴァインの困惑した顔が見たくなった、と言ったら彼は「ひどいな〜」と怒るのかも知れないが。
「それくらいの楽しみは許してほしいな〜」
 もし似合っていなかっとしても、「悪くはないよ」くらいは言うつもり。そんなことを思っているうちに、セルフィの目の前のドアがそ〜っと遠慮がちに開いた。
「……え!?」
 身体半分を覗かせたアーヴァインを前に、セルフィは言葉に詰まった。
「ど、どうかな〜?」
「――――」
「似合ってない? セフィ、このチョイスは難しいよ」
 困ったような力のない笑顔のアーヴァインを前に、セルフィはどう感想を言えばいいのか戸惑う。
 予想外だった。
 セルフィの予想に反してアーヴァインはすんなりと着こなしてしまっていた。確かにアーヴァインが普段来ている物とはかけ離れたデザインではあるけれど、個々だと個性的過ぎてアンバランスになると思われたものが、シャツとボトムと、そして意外にもテンガロンハットとの相性がよくて、ついでに長身のアーヴァインが着ると、実に似合ってしまっていた。
『ズルイな〜、もう……』
 本当にその一語に尽きた。
 アーヴァインがある程度着こなすのはセルフィも知っていたが、こんな派手なものまで着こなすとは思ってもいなかった。
 ついでにそう思ったのはセルフィだけではなかったらしく、周囲にいる女性客たちのアーヴァインのことを話している声がセルフィの耳に届く。
「セフィ、どうしたの? ぼ〜っとして」
「え? あ、うん。似合ってるよ、似合ってる。それ買っちゃう?」
「う〜ん、セフィが褒めてくれるのは嬉しいけど、僕の好みとはちょっと違うから、買うのはやめとくよ」
「そか、なら着替えよ、ハイ、さっさと着替えよ!」
「セ、セフィ〜??」
 着替えて出てきたばかりのアーヴァインは、すぐにまた着替えろと言われて困惑しているようだったが、セルフィは構わずぐいぐいとフィッティングルームの中へと押し戻した。
 すると残念と言わんばかりの溜息が複数こぼれたのも聞こえた。
 ガーデン内でそれなりに女の子に人気があるのは、SeeDであることや、魔女アルティミシア討伐のメンバーであることなどを考慮すると、当然なんだろうな〜と思っていたが、外でもそうなのだというのは今初めて知った。
『リノアが言ってたんはこういうことなんやな〜。う〜ん、なんかホントに視線がチクチクする』
 それも自惚れや気のせいではなかった。さり気なく店内を見回すと、女性客とバチーンと視線が合ってしまった。すぐさま視線を逸らしたので深くは解らないが、あまり感じのいい視線ではないのはわかった。
 スコールと外でデートをする際リノアはこういうことがよくあるらしく、何度か愚痴をこぼしているのを聞いた。
『リノアの言うとおり、なんかイヤやな〜』
 明らかに好意的とは反対の感情を向けられるのは、けして気分の良いものではない。昔から苦手でもある。そして、そういう視線を向けてきた相手に対して、自分も勝手に負の感情を抱いてしまう。そういう負の連鎖みたいなものが、一番苦手だ。
「いたっ」
「あ、ごめんセフィ、大丈夫?」
 フィッティングルームのドアにあまりにも近い位置にセルフィは立っていて、それを知らずにアーヴァインが開けたドアがコツンとセルフィに当たった。
「大丈夫、大丈夫、こっちこそごめん。ドアを塞いでたの気がつかなかった」
「ね、セフィ、今までに何か気に入った服あった?」
 アーヴァインはさりげなくセルフィの背中に手を当てて歩くことを促しながら問いかけた。そうすると、二人を追う羨ましげな視線はまだあったが、アーヴァインの身体がそれを遮る形になり、さっきのイヤな感情をセルフィに思い出させるには至らなかった。
「ん〜、そうだな〜」
 今までの見て回ったお店の服を思い出してみると、アーヴァインが選んできた服は、中にはセルフィの好みとは違う物もあったけれど、着てみるといいかも知れないと思うものばかりだった。その中で特に気に入ったものは……。
「あ――」
 アーヴァインが不意に立ち止まった。
「なに? どしたん?」
 何事だろうとセルフィがアーヴァインを見上げると、人差し指を立ててすこし首を傾けた。何かに耳を傾けるように。
「『Eyes on Me』だね」
 アーヴァインにそう言われてセルフィが耳を澄ませると、原曲ではなく、ピアノだけのインストゥルメンタルの曲が静かに店内に流れていた。発売されたのはもう20年くらい前だけれど、今ではすっかり定番のナンバーになっていて耳にする機会はよくある。
「これってジュリアさんがラグナさんのことを思って作った歌なんだってね……」
「そうだったね〜。――ん、アービン?」
 一向に歩き出さないアーヴァインを訝かしく思いセルフィは、彼を見上げた。
「あ、ごめん。ちょっとぼ〜っとしちゃった。もうちょっと他の服も見る?」
「アービン」
 照れ隠しのように笑うアーヴァインがセルフィはすこし引っかかった。笑顔に変わる直前の表情は、どこか遠くを見ているような、そして憂いを帯びていた。今までにこにこと楽しそうだったのに、急にどうしたのだろう。何が彼にそんな表情をさせたのか……。
「――あっ、ラグナ様」
 そう思いついて、もう一度アーヴァインの顔を見上げると、彼は一瞬眉を引きつらせ、すぐにまた笑顔を作るのがセルフィにも分かった。
「アービン、あたし喉が渇いた、なんか飲みにいこっ!」
「え、あっ、セフィ!」
 また何も買わず店を出ることになってセルフィはすこし気が引けたが、それよりもアーヴァインの方が今は大事だった。ただそれを示すにはこの店は不都合で、セルフィはここに来る前に見かけた小さな車で飲み物を売っていた場所へと、アーヴァインの手を握って走った。

「ぷはーー、おいしー、生き返るぅ〜〜」
「そりゃ、この炎天下をあれだけ走ったら、ただの水でも美味しいと思うよ」
 氷のいっぱい入ったオレンジソーダをぐぐーっと飲んでそう言ったセルフィを見てアーヴァインはクスクスと笑う。
「あ、もうなくなった。おかわり〜、アービンのおごりでな!」
「はいはい」
 アーヴァインの小さな嫌味もなんのその、ま〜ったく意に介さないセルフィに、いつものことだと彼は2杯目を彼女より先に注文しに行く。
「ハイ、2杯目はレモンソーダね」
「ありがと、けど、どうしてレモンソーダがほしいってわかったん? あたし言いそびれたのに」
 さっきのオレンジ色ではなく綺麗な黄色のソーダを受け取りながら、セルフィは不思議に思った。
「最初に注文する時、セフィどっちにするか悩んでたでしょ」
「あ、そっか。よくわかったね」
 何も言わずニッと笑ったアーヴァインにセルフィは、こういうところがアーヴァインなんだな〜と思った。セルフィの傍で、セルフィの細かいところまで、さりげなく見ていてくれる優しさ。
 ラグナと似ているようで、決定的に違うところ。そして大好きなところ。

 オレンジ色とレモン色のソーダをそれぞれ飲みながら、ドールの街を再び歩く。
 手に持った透明のコップからこぼれた雫が、足元の白いコンクリートに濃い染みを作ってすぐに乾いて消えていくのを見ながら、セルフィは不意に口を開いた。
「アービン」
「なに?」
「アービンはアービンだよ」
「え!? どうしたの急に」
「ラグナ様とは、ぜーんぜん違うってこと!」
「は? え? どうして急に??」
「あのねっ、一回しか言わんで」
「う、うん」
「確かにアービンは、ラグナ様と似てる部分もあるけど、ぜんっぜん似てない部分もあるよ。で……」
「うん……で?」
 よく聞き取れなかったというように、アーヴァインはセルフィの顔近くまで背を屈めた。
 ぐっと近くなったアーヴァインの顔に戸惑いながらも、セルフィは懸命に続ける。
「で、あたしは…あたしはアービンのラグナ様に似てない部分が一番……いちばん、す…………」
「セフィ、続きは?」
 アーヴァインは続きを聞きたいと先を促すように更に近づいたが、一歩踏み出せば触れてしまうような至近距離のアーヴァインは、セルフィの思考を簡単に奪う存在だということを彼は知らなかった。
「やっぱムリ!! これ貸して!!」
 肝心な部分を言わずセルフィは、いきなりアーヴァインのテンガロンハットをひったくるようにして被り、彼を置いて走り出した。
「なんだよ、ソレ〜。ちょっ、セフィ〜〜!!」
 肩すかしを食らってちょっとだけ呆けたが、アーヴァインは慌ててセルフィの後を追った。


 オレンジソーダの入ったコップの中で、走って揺れる度に氷がカシャカシャと音を立てる。
 アーヴァインはセルフィを追いかけながらその音に、彼女はまるでこのソーダ水のようだと思った。
 一気に飲み干すと焼け付くような刺激。その後を追いかけるようにやってくる果汁のほのかな甘さ。
 本当はもっと甘い方が好みだけれど、セルフィという少女は炭酸の抜けたくどい甘さより、舌にピリピリ刺激的な方がずっと彼女らしい。多少の物足りなさはあっても、そういう女の子を好きになったのが自分なのだ。

 炎天下のコンクリートの道を駆けるテンガロンハットに、アーヴァインの手よりも影の方がわずかに早く追いつきそうだった。


この後、チューくらい(たぶん、長め (;´Д`))は覚悟しないとダメだと思うよ、セルフィ。
アービンのテンガロンハットを被ったセルフィの可愛さは犯罪級ですよね!ってことで、セルフィ誕生日おめでとー!! けど、誕生日に合わせて書き始めた話ではないので、誕生日とは全く関係のない話です……。ごーめーんー。(ノ∀`)
(2010.07.16)

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