港に降り立ってその温度の違いにアーヴァインはほっとした。
 バラムの好きなところはこの温暖な気候だ。冷たく軋んだ心も和らげてくれるような暖かさ。
 港の敷地内で待機していたガーデン車両で一旦ガーデン向かい、簡単な報告をしてから帰宅の途についた。
「ありがとう、ここでいいよ」
「お前んちまだ先だろ」
「ちょっと歩きたい気分なんだ」
 ふーんと、わかったのかどうか判別のつかない顔をしたゼルに礼を言って、アーヴァインは彼の車から降りた。

 車道から脇道に入り自宅へと続く道を歩く。夕暮れの濃度を増した太陽の光を浴び、常緑樹の多いこの辺りでは貴重な黄や赤の色を付けた落葉樹がひときわ目を惹いた。それは鮮やかに燃えるように命の花を咲かせた様な印象を残し、やがて散りゆく。その姿は冬を乗り越え春を迎えれば、再びみずみずしい新緑に彩られるとわかっていても、どこかもの悲しさを憶えずにはいられない。とくにこの秋独特の黄昏時の黄橙色に全てが溶け込んでいくような色彩の風景には、そう思わせる何かがあった。
 ふと小さな姿がアーヴァインの前を横切った。小さな子供。三、四才くらいだろうか。目の前を通りすぎた時、淡い栗色の柔らかそうなくせっ毛が一瞬アーヴァインの方を振り返り、なんとも愛らしい笑顔を見せた。
「?」
 同じようにこちらも笑顔を返しながら、アーヴァインは既視感に囚われた。どこかで見たような、誰かに似ている。そんな気がした。
「――、――」
 子供が何かを喋った。だがよく聞き取れなかった。何を言ったのか聞き返そうと思った時には、子供はもうアーヴァインの傍を離れていた。その姿を追うように視線を移動させた、その先。
「セフィ」
 愛しい者の姿を見つけた。
「?」
 今アーヴァインの目の前を駆けていった子供がセルフィに抱きつく。セルフィは驚きもせず、抱きついてきた子供の頭を愛しげに撫でている。子供がセルフィの顔を見上げるように顔を上げると、くりくりとした大きな蒼い目が嬉しそうに笑った。

 見知らぬ子だ。
 アーヴァインの記憶にはない子供だった。だがセルフィとじゃれあう姿は、まるで――――。もしそこに自分がいたなら完璧な家族だと思った。
「サイファー…?」
 幸せな情景に割り込むように突然現われた姿。上の方が白い光りで霞んでいて顔はよくわからなかったが、次第に鮮明になった輪郭は彼のように見えた。相変わらず邪魔をするのか、この期に及んでも。
『“彼女たち”はもう僕のものだ』
 アーヴァインは急ぎ足でセルフィの元にに向かう。
 と、子供とサイファーと思しき男と連れだって目の前のアパートメントの中へとセルフィは入っていった。
「セフィ、待って!」
 そう叫んだ時には、もう三人共建物の中に入っていて、アーヴァインの視界からは幻のように消えていた。
 幕切れを示すかのように不快な音が頭の中に響く。アーヴァインは腕を伸ばしその音源を探した。すぐに腕が探り当て音を止める。

「今日はやけに寒いな」
 上掛けから出ている腕が酷く冷えていた。
 バラムにしては寒い朝だ。それはいるはずの存在がいないせいかも知れないと、やたらと広い隣のスペースを確かめるように手で探った。
「だからあんな夢を見たのか……」
 アーヴァインはもう一度目を瞑り、そしてゆっくりと開けるとおもむろに身体を起こした。時間を確かめようとベッド脇の小さなテーブルを見るとメモが置いてあった。
 それを読んで苦笑する。
「今日は『ちゃんとおいしいから食べて』ねぇ」
 セルフィが置いていったメモ書きを引き出しにしまいベッドを降りると、朝の清々しい空気はむしろ心地よかった。寝室を一歩出た時には、セルフィの残したメモのお陰で夢のことなど忘れていた。
「あ、ホントだ美味しいね」
 向かいの空席に向かって微笑む。
 先に出勤して行ったセルフィが作った朝食。一人での食事は少しさみしいけれど、わざわざ自分のために作ってくれたのだと思うと、それはそれで嬉しく美味しい。ましてやあまり得意ではないと自ら言っていたセルフィが作ってくれたものなのだ。
 得意な方がやればいい。自分はそう思っていたけれど、それはフェアじゃないとセルフィは納得しなかった。互いにSeeDを続けるのは同じなのだから、これも平等にしたいと言った。そしてこうも付け加えた、「おかーちゃんは、あたしが独り立ちした時困らんように、ってちゃんと教えてくれてん。せやから、あたしもちゃんとやらんと、おかーちゃんに申し訳が立たん」と。その後「けど期待はせんとってな」とぼそっと呟いたのがまた何とも彼女らしく可愛らしかった。それと同時に母親とはどこも同じなのかなと、自分の養母も色々と教えてくれたことを思い出した。
「僕もそろそろ支度するかな」
 休日に該当する日ではあったが、少しだけ報告したいことが残っていた。
 食べ終えた食器を重ねて、アーヴァインは椅子から立ち上がった。

「――あ、ボタン」
 いつもの動作の流れでコートに手を通した時、ボタンが一つ取れていたことを思い出す。そう言えば、忘れないようにと椅子の背もたれにかけて、取れたボタンは机の上に置いていたはずなのに、このコートはいつものようにクローゼットに並んでいた。
「アレ、ちゃんとついてる?」
 くいと引っ張ってみればのボタンは端から端までキレイに等間隔に並んでいた。自分でつけた覚えはない。よく見てみると、外れていた位置のボタンを留めている糸の色が他と少しだけ違う。
「セフィか」
 自分でなければ彼女以外あり得ない。そうとわかると穏やかな温かさが心の中に広がっていくのを感じた。今まで自分一人でやってきたことを、誰かがやってくれる。それが当たり前だと言わんばかりに、そっと。
「セフィ、こんなこと出来たんだ」
 本人に聞かれたら「あたしを何だと思っているんだ」と盛大にむくれられるのでいなくてよかった。
 この部屋もそうだ。今は一人だけれど一人ではないことをそこかしこに感じる。確かに手に入れたのだ、ずっと欲しかったものを……。





 白い繊手がキーボードの上を優雅に動いていた。
「ご苦労様。と言うよりお疲れ様、の方がふさわしいわね」
 キスティスは机の向こうからどこか淋しげな微笑みでアーヴァインを見た。
「労いの言葉痛み入ります」
 礼を取るようにアーヴァインが大仰に返すとキスティスの笑顔が幾分明るくなる。
「冗談抜きで、後味の悪い任務だったわね。あなたの腕は相変わらず優秀だったってことだけど」
「僕は狙撃手だから、それに自分で選んだ道だよ」
「わかってるけど……」
 キスティスはその先を続けることはなかった。言っても仕方のないことだとキスティスも解っているのだ。全ての任務に正義があるわけではない。完遂したとしても、こちらの想像していた結果が待っているとは限らない。
 アーヴァインの今回の任務もそんな一例だった。あるテロ攻撃の鎮圧という名のもとに赴いた。確かに一般人を巻き込んだ卑劣な行為は許されざるものだった。ただ鎮圧後に聞かされた内容は、憎むべき理由にしては弱かった。
 ことの発端は民族同士の些細なすれ違い。小さな事件から報復の応酬が始まり、短期間で民族同士の大きな対立にまで発展した。放っておけば、民族だけではなく国をも揺るがしかねない。だが抗争の内容は、国軍を動かせばは片方の民族に肩入れしていると、歪曲して受け取られるのは間違いないという泥沼の状態まで進行していた。政治的に微妙な要因が邪魔をして軍を動かしての鎮圧は難しく、そこでSeeDに依頼があったというものだった。
 珍しくもない任務の内容と理由。
 迅速に事態を終息させるにはテロ組織の首謀者を抑えるのが最も早い手段だ。アーヴァインは狙撃という形でそれを成し遂げた。依頼先の彼の国の高官からは、賞賛と謝辞を述べられたが、流れるニュース映像では全く逆のことを伝えていた。狙撃された彼こそが被害者だったと。彼らが行動を起こす前に受けた報復の方が遥かに残虐で凄惨なものだったと。
「どんな理由があるにせよ、無関係の者を巻き込むテロ行為に正当性はない」
 スコールの声が静かに響く。
「そうだね」
 いつも揺るぎない信念と冷静なスコールのそれは一見すると冷たいとも受け取れるが、今は深くアーヴァインの心に沁み入った。狙撃した相手への同情の念が捨てきれない。だが情に流されて、真に大事な本質を見失ってはいけないのだ。彼は言外にそう諭してくれる。本人にその意志は全くなくとも。
 キスティスも同意を示すようにアーヴァインを見て頷いていた。
「これで報告は終了ね」
「ね、セフィは? 一緒に帰ろうと思ったんだけど、どこにいるの?」
 いつもこの部屋にいるはずの姿がなかった。
「セルフィは帰ったわよ。連絡なかった?」
「そうなの? 連絡もらってないよ」
「……そう」
「なに? なんかあったの?」
「大したことじゃないと思うんだけど、今日のお昼前セルフィ気分が悪くなってカドワキ先生のところへ行ったのね。そしたらそのまま病院へ行くことを勧められて、早退したのよ」
「知らないよ、聞いてないよ! セフィ、病気なの!?」
「あなたには自分で連絡するからって、セルフィが言うから黙ってたんだけど……」
「帰る!」
「そうね。それがいいわ」
 言葉足らずのアーヴァインをキスティスもスコールも止めはしなかった。
「じゃ」
 言うなりアーヴァインは職務室を飛び出した。
「言えないわよね、先に他人の口から」
「ああ、そうだな」
 大きく息を吐いたキスティスに、スコールも同意を示した。





 アーヴァインはそれからどうやってガーデンから自宅のあるアパートメントまでの道を辿ったのかまるで憶えていなかった。ただセルフィの身に何か災いが降りかかったのではないかと、そればかりが心を支配した。ケガなどしていなかったのは昨夜――。今朝のメモにも調子の悪そうなことなんかちっとも書いてなかった。だからキスティスの言うとおり、風邪かその程度のことなのだろう。だが、アーヴァインには不安になる要素があった。養母のことが脳裏に蘇る。養母も別に変わった兆候などなかった。というより気がつけなかった。もし養母の時のように、自分の知らないところで取り返しのつかないことになっているのではないかと、嫌な考えが胸の中に湧き上がる。
 そんな状態でやっとセルフィの姿を見つけても、嬉しい感情とはほど遠かった。
 セルフィは自宅玄関の前の通路でサイファーと立ち話をしていた。その光景に今朝の夢までも思い出して、もっと嫌な気分になる。
「セフィ!」
「アービン、お帰りー」
 思わずアーヴァインが呼びかけると、セルフィは振り返ってにこにこと嬉しそうに彼に向かって手を振った。
「じゃ、サイファーまたね〜。キスティスにありがとうって言っといて」
「おう、じゃ、またな」
 サイファーは隣のドアの向こうに消え、セルフィは自分のところに駆け寄ってくる姿に、あれは夢だったんだとアーヴァインは少しほっとした。
「アービン早かったね。よかった〜、あたしも早く帰ってて」
「どうして?」
 近寄ってきたセルフィの手を握ると、温かさが流れ込むように自分の手に伝わってくる。
「今日はちょっと凝った夕食にしようと思ってたから」
「なんで?」
「あ〜、アービン自分の誕生日忘れてるやろ〜」
「あ、……忘れてた」
「やっぱり〜」
 アーヴァインがバツが悪そうに笑うと、セルフィは忘れていたのを咎めるように彼の手をぎゅう〜と握りかえした。

「夕食はタコヤキ?」
 取り敢えず家の中に入り、コートを脱ぎながらアーヴァインは冗談めかすように訊いた。
「なんぼ得意料理でも、アービンの誕生日にそれはないわ。あたしの帰りがもっと遅かったら、それも一応考えてたけど……」
 アーヴァインのコートを受け取った顔は、またちょっとむくれた。
「ねぇ、セフィ、どうして早く帰ったの? 早退したってホント?」
 セルフィの態度があんまりいつも通りだったので、つい忘れかけるところだった。覚悟をする時間を稼ぐように、わざと遠回しに切り出す。
「え、あ、うん、ちょっとね」
 セルフィはそんなこと? と言うように笑っていた。
「病院に行ったのはどうして? どこか悪いの?」
「なんで、病院行ったことまで知ってんねん!」
 笑顔が一変して、妙に口調が強くなる。
「正直に言ってよセフィ、どこが悪いの?」
 そんなことには怯まずアーヴァインは真剣な顔で聞き返した。
「あ〜、その話は後にしよ。その前に食事にしようよ、ねっ」
「逃げないでよセフィ」
 そうやって逃げられるのがアーヴァインの不安を余計に煽った。
「ただの貧血やから気にせんでもええよ」
「貧血? 本当に?」
 そう言われても、アーヴァインはまだ疑う気持ちをぬぐい去れなかった。
「本当だよ。病気じゃないんだってば」
 疑いの視線で見下ろすアーヴァインをセルフィは真っ直ぐに見上げた。
「貧血も病気でしょ、それにどうして貧血なんか。セフィ貧血するような体質でもないよね」
「あ〜、もう! どうしてアービンはそんなに心配性なん!」
「心配して何が悪いんだよ。だいたいセフィは、ずっと危なっかしいことばかりしたきただろ!?」
 心配することがそんなに悪いこととは思えず、更にセルフィに逆切れっぽく言われてカチンときた。
「本当に病気じゃないんだって……」
 アーヴァインの指摘に思い当たる節がありありだったのだろう、セルフィのさっきまでの勢いは衰えた。
「病気じゃないのなら何? ちゃんとわかるように言ってよ」
 珍しくちっとも引き下がらないアーヴァインに、セルフィは彼から一度視線を外し、意を決するように再びアーヴァインを見上げた。
「こ、子供ができてん。そのせいでちょ〜っと鉄分が不足して、ふら〜っとなっただけ……やから」
「子供?」
 病気だとばかり思い込んでいて、まったく予測の範疇を超えた答えに、アーヴァインの思考は混乱を極め正しい答えを導き出す前に口だけが無意識に動いていた。
「そうだよ。アービンの子供、せやからアービンにも半分責任あんねんで」
「僕の子供?」
 自分に問うように復唱する。
「うん、アービンの子供」
「ええ〜〜〜〜〜っ!!」
「うわ、耳イタッ!」
 急に声を張り上げられてセルフィは思いっきり耳を塞いだ。
「セフィ!」
 アーヴァインはセルフィを思いっきり抱きしめた。

「う゛〜〜、アービンもう離してよ〜」
 アーヴァインはセルフィを抱きしめたまま固まっていた。
「ね〜、ってば〜」
「ごめん、もうちょっとこうしてて、今セフィを離すとへたりこんで立てなくなる」
「もう、しょうがないな〜。…………ね、それって喜んでくれてるってこと?」
「うん、めちゃめちゃ嬉しい」
 それを聞くと、セルフィは諦めとも安堵とも取れるような息を吐いた。

 アーヴァインは強い感情のうねりに翻弄されていた。細胞ひとつひとつが何かを訴えるように、微量の電流が身体中を駆け巡っているような。
 心の奥底でずっと希っていたものが、とてつもない早さで表面に浮き上がってきたのがわかった。
 幼い頃から欲しかったものを得て尚、心の片隅で消えずに在った空虚な部分がやっと満たされていくのを感じる。
 ずっと強い繋がりが欲しかった。その証しが欲しかった。もう大丈夫だと自分を安心させてくれる確かさが。
 それと――――、今になって気づいたことがあった。
 血の繋がりという存在を間近に感じて、例えようもないほど心が震えている。
 ガルバディアの家族も本当の家族だという思いは今も変わらない。全くの他人という訳ではなかったけれど、それでも血は薄い。そう思っている自分に、今気づいてしまった。

 ほんの少しの後ろめたさと、それを遥かに凌ぐ感喜。

 戦火をかいくぐり死闘をくぐり抜け、生きている意味。生かされている意味。その使命の一つがこれなんだと思う。
 涙が出そうだ。
 それを確かめるように手を持ち上げた時、馴染んだニオイが鼻腔に上がってきた。
 硝煙の臭い。
 閉じていた目を開けてその手の平を見る。そこには消しても消えない重みと血の色が染み込んでいた。
 そう思うと途端に不安が押し寄せ、天上の楽園から昏い地の底の淵に引きずり込まれたような感覚に襲われる。

 自分にはそれが赦されるのか!? 人の親になってもいいのか――――!?

 到底赦されないことのようにアーヴァインには思えた。


「アービン?」
 セルフィはアーヴァインを離した。抵抗もなくいとも簡単に離れる。
「泣いてる。どうして?」
 それは喜んで泣いているようにはセルフィには見えなかった。唇を噛みしめ、眉根を寄せ苦悶の表情にしか見えない。
「……僕は……父親に、なっちゃいけないよ。こんな人間はダメ……だよ」
 苦しげに絞り出すように吐き出される声。
「……アービン」
 そっと触れた頬は思いの外冷たい。そして、こんな風に涙を流すアーヴァインを初めて見た。
「ねぇ、アービン。アービンは生みのお父さんが軍人だったこと嫌だと思う? ガルバディアのお父さんが、人斬りの道具だった刀を打つのは許せないこと? シド学園長がSeeDを創ったこと非道いと思う?」
「そんなこと思ったこともないよ。あるのは感謝だけだ」
「でしょ? この子も同じだと思うよ。それに、民を想って武力で立った覇王に子供を作っちゃいけないって言った人はいないよ」
「……でも」
「――――この子の父親はアービンしかいないんだよ。アービンがなってくれないと、父親のいない子になっちゃうよ」
「でも、僕は穢れてるよ」
「アービン、みんなそうだよ。あたしも、みんな同じようにどこかしら穢れてる。潔白な人間なんていないよ」
「――セフィ」
「もし、それでもアービンが辛いなら、あたしが一人で育てるから」
「セフィはこんなに強いのに、僕は……」
「それは違うよ。アービンは弱いんじゃなくて、優しすぎるんだよ」
 自分の傷より他人の痛みに過敏だから、それに気を遣いすぎるから、こうやって知らないうちに自分を追い込んで傷ついてしまう。いつか自分で自分が許せなくなって消えてしまう前に、この人の心の糧になるような強い絆が欲しいと願ったことがあった。何より濃い絆が。それがやっと叶おうとしているのに。この絆がアーヴァインを追い込んでしまったのでは何にもならない。
 ただ涙を流すアーヴァインを、セルフィは我が子を愛おしむかのように抱きしめた。


「ねぇ、アービン」
「ん…」
 いつの間にか床に座って互いの手を握っていた。
「やっぱり一人で育てるのはイヤ。アービンが父親放棄するなら、あたしはこの子産まない」
「え!? それはダメだよ! 絶対ダメ!」
 一瞬でアーヴァインの顔色が変わる。
「じゃ、決まりね〜」
 セルフィも今の真剣な顔が別人のように笑った。
「……セフィ、はめたね」
 握ったアーヴァインの手をセルフィがぶんぶんと揺らすと、驚いた顔が呆れた顔になっていった。
「だってアービン、へにょへにょのヘタレなんやもん」
 そう言われるとアーヴァインは何も言い返せなかった。少し落ち着いて考えてみると、とんでもなく恥ずかしい醜態を曝してしまった。セルフィ相手じゃなかったら、海より深く落ち込むところだ。セルフィ相手ならいいというのも、男として情けない限りだけど。今更隠してもしょうがないくらいセルフィにはとっくにバレていることだ。
「けど、そういうトコがアービンのカワイイとこなんだよね」
 そう言って照れくさそうに自分を見て笑ってくれるのは嬉しいけど、せめて、子供にはカッコイイ父親でありたいとアーヴァインは思った。自信はまだないけれど。
「二人で一緒に親になっていこうよ」
 本当セルフィにはいつも勇気づけられる。ひょっとしたら最初から完璧に親をやれる人なんていないのかもしれない。悩んでその都度学んで親になっていってもいいのかもしれない。
「うん、そうだね。…あ」
「なに〜?」
「そう言えば今朝、夢を見たよ、セフィと子供の」
「うわ、ホントに? 虫の知らせ――じゃなくて予知夢ってヤツかな〜。で、どんな子やった?」
 アーヴァインは記憶を辿った。予知夢だとすれば、あの白い光りでよく見えなくてサイファーかも知れないと思った男は、きっと自分だったのだ。大体どうしてあれをサイファーだと思ったのか、今となってはその方がどうかしていると思う。それだけヤツに意地悪された記憶は根深いということか。現在進行形でもあるし。いやいや、ここは落ち込むところじゃない。
 アーヴァインは期待に満ちた瞳で自分を見ているセルフィに、気を取り直した。
「淡い栗色のくせっ毛で、くりくりした蒼い目してた。可愛かったよ〜」
「どっちに似てたん?」
「え? あ〜〜、たぶん僕」
 セルフィに問われて、誰かに似ていると思った顔は、自分の子供の頃の顔だったことに気がついた。ということはアレか、自分によく似た子供をセルフィが産んでくれるってことなのか。そう思うと、もう昇天しそうなくらいにアーヴァインは嬉しかった。
 だが、そんな気分のアーヴァインを余所にセルフィの好奇心は次へ向いていた。
「男の子? 女の子?」
「あれ? そこはわかんないや」
「ええ〜、もうダメやな〜。一番大事なトコやん」
「ごめん」
 性別についてはどっちとも言えそうな顔と服装だったので、もう謝るしかなかった。
「ま、いっか。一年も経たないうちにわかるしね」
「一年近くも待たないといけないのか、長いな〜」
「アービンせっかちやな。その間に、おむつの替え方とか、ミルクの飲ませ方とか、お風呂の入れ方とか、勉強できてええやん」
「もしかして、それ僕の役目!?」
「そこまでは思ってないけど〜」
 思ってないと言うセルフィの言葉は、時々とてもあてにならないことがあるのを、アーヴァインはよ〜く知っていた。けれど、多分セルフィに言われずとも進んで自らやっている姿が目に浮かぶとも思った。

 今までも散々紆余曲折を経てきたけれど、これからもず〜っとそうなんだろうな〜と、「お腹空いた〜」と軽い足取りでキッチンに向かうセルフィの後ろ姿を見て、アーヴァインは軽く息を吐いてから立ち上がった。


ファミリーネタはかなかの恥ずかしさですね。アーヴァインはお父さん兼お母さんが今から決定のようです。本人喜んでそうだから、いいや。
思わずアーヴァインが男泣きしてしまいましたが、“子供”は孤児である彼らにとって特別意味の深い存在でしょう。そしてアーヴァインの心の中に降り積もっていた良心の呵責と正面からぶつかる時は、子供という存在を置いて他にないように思いました。下記のアンケート回答で頂いた最後の行の内容は、まさに私もいつか書ければいいな〜と思っていた部分でしたので、今回こういう機会に出会えて嬉しいです。
このあとアーヴァインは、ことある毎にベビーグッズを買ってきてセルフィに「気が早すぎ!」と叱られるんだよ、きっと。

アンケート回答内容より以下を使用させて頂きました。
【時期】
・5年後
【プレゼント】
・セルフィが付け替えたボタン(ちょっとくらい女らしくなっててほしいセルフィ)
・子供(何を貰っても嬉しいだろうけど、最たるものではないかとv)
・子供(孤児だった彼らにとっては、それは恐らく幸せの象徴という事にプラスして、何か微妙な感情をも伴っていると思うのです)
(2009.11.24)

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