ハートはピンクで

 セルフィはすこぶる上機嫌だった。
 外任務の帰りということもあったけれど、もっとワクワクすることがあったのだ。
 丁度2時間ほど前に彼女はバラムの港に着いた。短期間の任務で荷物も軽く、昼間ということもあってバラムの街でウィンドウショッピングでも楽しみつつ、ガーデンに帰ろうと石畳の道をのんびり歩いていた。下船する前にアーヴァインからメールが入っていたような気もしたけれど、バラムの街がいつもの雰囲気と全く違っていて、そっちに興味の全てを持って行かれ、メールの返事がまだなこともキレイさっぱり飛んでいってしまった。

 バラムのショップ街はとても華やかになっていた。特に大好きなケーキやお菓子系の店は、飾り付けも品揃えも普段より更にグレードアップしていて、やたらピンクピンクしていて、商品も普段見かけないものが多い。それがまた本当に可愛くて、どれも美味しそうで、セルフィは目についた片っ端から買い込んだ。
 最後に入った一番のお気に入りのお店“ミス・モーグリ”では、あまりに小さな荷物が多いのを見かねた店員さんが、大きな紙袋を提供してくれた。ただ、残念ながら目当てのフルーツのたっぷり乗ったケーキが売り切れで、セルフィはちょっとがっかりした。代わりに“限定品”のケーキは如何ですか? と聞かれ、渡されたそのケーキの説明広告の内容もロクに見ず、速攻で予約注文した。それは、セルフィにとってほとんど不可抗力だった。フルーツが増量されているということに加え、この限定品だけ甘さ控えめのウエスタカクタスのゼリーが二つ付くとなれば、自分のために企画してくれたのではないかと思ってしまうほどだった。
 そんなワケで、セルフィが上機嫌でガーデンへ帰ってきたのが、今だった。
「セルフィ、お帰り〜」
 寮へ向かっている途中リノアに会った。
「ただいま〜」
「あ、ミス・モーグリに行って来たんだ」
 セルフィの持っている大きな紙袋を見たリノアの顔がパッと輝いた。彼女も大抵の女の子の常として甘いものが大好きだ。セルフィともよくそんな話をする。
「あ、リノアこれあげる〜」
 セルフィは大量に買い込んだお菓子の中から、色んな味のマカロンの入った袋を取り出した。
「え、私に!? でも、いいの?」
 リノアは自分に貰えるとは思っていなかったのか、驚いた顔をしていた。
「うん、たくさん買ったから、おすそ分け。マカロン嫌いだっけ?」
 リノアの反応が芳しくないのを、苦手なものを勧めてしまったのかとセルフィは思った。
「ううん ありがとう、マカロン好きだよ〜」
 セルフィの手から可愛らしいラッピングの袋を受け取ると、またね〜とリノアは去っていった。
 セルフィは一旦床に置いていた紙袋を持ちあげると、また歩き出した。けれど持ち上げた時、結構な重さがあるのに気が付き、買い込み過ぎたかな〜と思った。さすがにこれだけ食べると、普段の倍くらいの鍛錬をしないとぷく〜と太ってしまうかも知れない。そんなことを考えながら歩いていた所へ、また呼び止められた。
「――セフィってば〜」
 振り向けばアーヴァインが小走りにやって来ていた。
「アービン、ただいま〜」
「ただいま〜、じゃないよ。どうして連絡くれないかな、迎えに行くってメールしたでしょ」
「え!?」
 セルフィはそんな約束いつしたっけ、と思った。ぼや〜っとアーヴァインの顔を見あげると、ムッとした目で見返された。セルフィはヤバイと本能的に悟り、慌てているのを気取られないように、視線を落として考えた。
 思い出した。
 お菓子の海をざかざか掻き分けて、それらしきメールを受け取っていたのを思い出した。そ〜っと、アーヴァインを見上げると、やっぱり忘れてたね、というようなあきれ顔で見られていた。
「ごめ〜ん」
「どうして忘れるかな〜」
 明らかにゴキゲンナナメな声。仕方がない、ここはモノで機嫌を直して貰おうと、セルフィは紙袋の中に手を突っ込んだ。
「お詫びにコレあげるね」
 無造作にひっぱり出したのは、銀色の包装紙でつつまれ紺色のリボンが付いているチョコレートの箱だった。
「あ、え!? い、いま、くれちゃうの!?」
 よく分からないが、アーヴァインはえらく驚いていた。セルフィは、お詫びだから今渡さなくてどうする、とこくんと頷いた。
「あ、当日でいいよ。ちゃんと待ってるから、ねっ?」
 照れたように笑いそれだけ言うと、アーヴァインは「キスティスに呼ばれてたの思い出した」とそそくさと走り去ってしまった。
 残されたセルフィは、訳が分からず思いっきり首を傾げた。
「当日ってなに? 待ってるって、なにを??」
 どういう意味か聞きたくとも、アーヴァインは脱兎の如くいなくなってしまった。セルフィはまた重い荷物を持ち上げて自室へ戻った。


 そんなやり取りがあってから、一週間ほどが過ぎた。
 例の大量のお菓子は、一週間も経てばほとんど残っていなかった。アーヴァインにあげようとしたチョコレートも、とっくに美味しく戴いた。それでも最初はやっぱり買いすぎたと思い、女の子の友だちや、学園祭実行委員会のメンバーたちにあげたりもした。その時、ある後輩の男の子なんか、「フライングだけど、感激です!」と瞳を潤ませて受け取ったりしてくれた。セルフィはそれを見て、日頃の温かい指導の賜物だと自分を褒め称えた。
「あ〜 でももちっと運動量増やさんとあかんな〜」
 キスティス、リノアとランチテーブルを囲みながら、セルフィは独り言のように呟いた。
「どうしたのセルフィ、めずらしくダイエットでもしてるの?」
 パスタを食べる姿さえ絵になるキスティスが聞いてきた。
「お菓子の食べすぎで、体重が思ったより増えたんだよね〜」
 セルフィはカロリーを優先をして選んだ、味はいまいち好みではないサラダをつついていた。
「もしかしてあの時買ったお菓子?」
 リノアは少し驚いたように、パンをちぎったまま手を止めてセルフィを見た。
「うん」
「ええっ!? あれって自分用だったの?」
「そうだけど、なんかマズイの?」
 リノアがあまりにも目をまん丸にしているので、さすがにセルフィも気になった。
「さっすが、セルフィ。私てっきりバレンタイン用だと思ってた」
 しきりに、納得、納得と呟きながら、リノアはちぎったパンを口に放り込んだ。
「何、その“バレンタイン”って」
「セルフィ知らなかったの?」
 今度はキスティスが驚いていた。
「初めて聞いた」
 味気ないサラダをゴクンと飲み込んでから、セルフィは答えた。
「セルフィはトラビア出身だもんね、知らなくてもおかしくないか〜」
 今度はうんうんと頷きながら、リノアはドレッシングのたっぷりついたブロッコリーをフォークで刺していた。
「で、なんなん、そのバなんとかって」
 サラダも食べ終えてしまって暇なセルフィは、友人二人の顔を交互に見た。


 バラムにはこんな言い伝えがあった。
 仲の良い二人の少女がいた。その一人がある時恋をした。けれど少女は内気な性格で、なかなか想いを伝えることが出来ずにいた。もう一人の少女は、初めて恋をした親友のために力になりたいと思った。相談に乗ったり励ましてみたり、色々頑張ってはみたけれど、当事者の少女はどうしても今一歩の勇気が出せなくて、なかなか告白には至らなかった。
 考え倦ねた親友は、ある話をでっちあげた。
 あまり知られてはいないけど、だからこそ効果があるのだと前置きして、2月の最初の新月の日に想いを込めて贈り物をすると、成就する確率が高いのだと。昔その日に告白をして見事恋を実らせて女の子がいたのだと。実際にはそれは男で、自分の父の話だったりしたのだが、そこは綺麗なイメージで創作を付け加えた。
 そうやって親友の気持ちを後押しし、少女はなんとか手作りのお菓子と共に、相手の男の子に気持ちを告げることが出来た。そして、少女の恋は親友の言った通り見事成就した。

「へ〜 そうなんだ」
「今は新月の日じゃなくて、その子が告白した14日固定だけれど」
 セルフィはそれでバラムの街があんな風になっていたんだと納得したが、キスティスは更に話を続けた。

 その後、少女とその恋人は不幸な出来事が重なって、離ればなれになってしまい、消息も掴めなくなってしまった。けれども少女は大人になっても恋人のことが忘れられず、毎年想いを告げた日には彼に贈ったお菓子を作って、帰りを待っていた。それから年月が過ぎて、少女の待っていた恋人はようやく少女の元へ帰ってくることが出来た。そののちも幾度となく二人には困難が待ち受けていたけれど、互いを信じ乗り切り一生添い遂げた。

「一度成就しただけならこんな習慣にはならなかったんだろうけど、その後にもドラマがあったからこうやって今も残ってるのね」
「なんかすごいね〜 じゃ、14日は告白の日なんだ」
「そうね、それが一番多いけど。友だちへの感謝だったり、恋人同士や夫婦でも、贈り物をしあう日でもあるわね。ほら、思っていてもなかなか普段は言えなかったりするってこと、あるでしょ」
「だからこういう日があると、助かるよね〜。口べたな私とか」
「リノアに限ってそれはないと思うな〜」
「それはどういう意味かな、セルフィ〜」
 セルフィが思わず突っ込むとリノアは盛大にふくれた。
「私はともかく、セルフィは誰かさんにあげた方がいいんじゃな〜い?」
 セルフィのツッコミが心外だったのか、それとも単に面白がっているだけなのか、リノアは含みのある笑顔をセルフィに向けていた。
「後輩の男の子にはあげたんでしょ? バレンタインのお菓子。かなりウワサになってるよ〜」
「なんでそんなことになってんねん!」
 セルフィにとっては寝耳に水な話だった。
「貰った子、よほど嬉しかったんでしょうねぇ」
 キスティスもよ〜く知っている口ぶりだった。セルフィもそこまで言われて、何のことか思い当たった。確かにあの時、後輩の男の子がやたら喜んでいた。まさかそんな意味のあるものだったとは、知らなかった。今知ることになり、あの時の自分にそんな気持ちがほとんどなかったことに良心が咎めた。
 ということは…………。
「アービンも知ってるん?」
 聞きたくはないが、聞かずとも絶対に言われる内容なので、先に自分から聞いた。
「さあねぇ」
「知ってるかもねえ」
 二人ともはっきり言わないのが、逆に「とっくにバレてるわよ」とい言われている気がした。
「気になるの?」
「う〜」
 セルフィは膝の上でぎゅっと手を握った。気にならない、なんてことはない。でもそれを口にするのは、キスティスとリノア相手であっても何だか照れくさい。二人の前でアーヴァインのことが好きだと宣言しているようで。
「セルフィがアーヴァインにもちゃ〜んとあげれば、万事解決よ」
「よね。セルフィにとって一番大事なのはアーヴァインだって、私たちは分かってるけど。でも、本人にしてみれば、たまにはちゃんと態度で示してほしいものなんだよね」
 キスティスもリノアも今は柔らかく笑っている。いい機会じゃないの? と、二人の表情からは読み取れた。なんていうか、自分の考えていることなんか、彼女たちにはとっくにバレバレなんだなと思った。更に素直じゃない自分の背中をちょっと押してくれたような気がして、さっきの少女たちの話と重なるようで、なんだか心が温かい。
「二人は、あげるん?」
「いえーす」
「ええ、そのつもりよ」
 躊躇いのない返事が返ってきた。そう言い切れる二人がホント羨ましい。
「そっか〜 しゃーないな〜」
 アーヴァインが「待ってる」と言った時の笑顔がセルフィの頭に浮かんだ。あの笑顔がまた見られるなら、アーヴァインが喜んでくれるなら……。


「とは言っても……」
 この前買ったお菓子は既に食べてしまった。バレンタインは明後日。どうしたもんかとセルフィは考え倦ねた。買いに行くにしても、今日はもう夜だし、明日も予定が詰まっていて時間が取れそうにない。作るのは材料も何もないので、もっとムリだ。
「う〜ん」
 バスタブの中でセルフィは唸った。湯気と一緒に苺の甘い香りが漂う。いっそこの香りとかでいいのなら、楽なんだけどな〜と思う。その時ハッと閃いた。
「あった!」
 我ながら、ナイスタイミングだと思った。この前、ミス・モーグリで予約注文したフルーツケーキがある! アーヴァインのために注文したんじゃないのがちょっとアレだけど、一緒に食べようと思っていた相手が、キスティス、リノアからアーヴァインに変わっただけだ。緊急事態なのだからそれには目を瞑ろう。よし問題解決。いつ渡すか、というのに関しては、多分気にしなくていいような気がする。アーヴァインは“待っている”だろうから、今はガーデン内勤務だし、週末だし、明後日は一日空けてくれていると思う、あのアーヴァインだから。セルフィはワクワク気分でベッドに入った。



 目を射すような眩しさに、セルフィは目が覚めた。まだ寝足りないが、今日はどうしても起きなきゃいけない気がして、むりやり身体を起こす。
「う゛〜 眠い」
 片方の手でごしごしと目を擦りながら、片方の手で携帯を探した。
「うわっっ こんな時間!!」
 表示されている数字に一気に目が醒めた。もうお昼が近い。
「昨日遅かったもんな〜」
 前日はいろいろ頼まれてガーデン内をあっちへこっちへと走った。こんなに広かったのかと辟易した。お陰でデスクワークの方が押して遅くまで時間が掛かってしまった。
「結局アービンに何の連絡もせんと、寝てしもたしな〜。連絡待ってるかな〜」
 歯を磨きながら、ぼや〜っとアーヴァインのことを思った。そわそわしながら、横目で何度も携帯を見ているアーヴァインの姿が目に浮かぶ。ケーキを渡した時には、多分嬉しそうに笑ってくれる。あの笑顔が大好きだ。
「よし、いこっ」
 支度を終えてセルフィは自室を後にした。取り敢えず、ミス・モーグリへ行くために駐車場へ向かう。途中軽く何か食べようと、食堂へ寄った。その後メインホールを歩いていると、校庭の通路に差しかかった辺りで、綺麗なラッピングの箱や袋をかかえた後輩たちに何人かすれ違った。どの顔もほのかに上気していて、微笑ましかった。

 スッと目の前を、やっぱり可愛らしい箱をかかえた少女が走って行ったのを、セルフィは何となく視線で追った。少女の向かっている少し先、植え込みに隠れて全身は見えないが、青年と思しき人影が立っていた。少女はその青年に声をかけたようだ。人影が振り向く。少女は駆け寄ると、ぺこんと勢いよくお辞儀をして、持っていた箱を差し出した。青年が受け取ると、少女はすぐさま青年の元から走り去った。ほとんど言葉をかわすこともなく。たぶん、渡すだけで精一杯だったんだろう。その一挙一動が初々しくて、見ていてとても可愛らしいと思った。
 けれど、モヤモヤとした鈍い痛みみたいなものも感じた。当然予想範囲内の光景なのに、妙に気になった。青年がアーヴァインだったことに気が付いて。アーヴァインが受け取ったものに、どんな意味があるのかなんて分からない。自分が思っているようなものじゃなくて、ただの感謝かもしれない。必死でそう思い込もうとするのに、心は逆送してしまう。自分以外の女の子からの贈り物を、アーヴァインが受け取っている所なんて見たくなかった。正直言うと受け取って欲しくないとまで思っているのに気が付いた。
「ヤだな〜 こういうの」
 醜い感情だと思った。一方的な嫉妬とか。どうしようとアーヴァインの自由なのに。そんなことを思っているのを知られたくなくて、セルフィは逃げるようにその場を離れた。



『うわっ 何これっ 限定品って、こんななんっ』
 セルフィは、大好きなケーキを目の前に絶句した。
 予約したものを放って置くワケにもいかず、というより元々自分用なんだからと、ミス・モーグリまでやってきた。で、いつもの店員さんが「ご予約のケーキですね」と、予約限定品のケーキを営業スマイルで出してきてくれた。ケーキ自体はいつもよりフルーツがたくさん乗っていて、とても美味しそうでそそられた。ただ、それを入れてくれた箱に、目が点になった。いつもの、お店の名前が上品な書体で型押しになっている、白のシンプルなものではなくて、お店のロゴの所に大小二つのピンクのハート形のシールが貼ってある、実に分かり易い特別仕様になっていた。このお店らしく控えめなシールではあるけれど、その色と形だけで“私の気持ちです”と言っているも同然だった。相手が鈍感なタイプなら気が付かないかもしれないが、今日という日に、しかもアーヴァインは絶対気が付かないはずがない。というより、誇大に受け取る可能性大だった。
 今更だけれど、これはかなり恥ずかしい。
 セルフィはケーキの入った紙袋をかかえて歩きながら思った。どうしたものか。ホントにこれを渡すのか!? それとも最初の予定通り自分で食べようか。ガーデンに着いても、セルフィは悩んでいた。声をかけられても聞こえないくらい。
「セルフィさん」
 突然前方が暗くなって、セルフィは顔を上げた。ぶつかる一歩前の所に見慣れた男の人が立っていた。日頃お世話になっている、よく世間話もしたりするガーデン職員のお兄さん。穏和で人当たりのいい、ほのぼのとした雰囲気の人だった。
「いつもお世話になってるんで、感謝の気持ちです。受け取って貰えませんか?」
 リボンのついた小さな紙袋を差し出された。
「ありがとうございます」
 まさかの出来事に一瞬ぼーっとなったが、特に断る理由もなくセルフィはありがたく受け取った。お兄さんが、照れくさそうに立ち去ったあと、ようやく何が起こったのかセルフィは把握した。
「あたしでも感謝されることがあるんだ」
 そう思うとちょっと感動した。それから寮の自室に向かって歩いている途中、何人かに呼び止められ、さっきのお兄さんと同じような言葉で、贈り物を貰った。自室に入ると、早速開けてみたりした。どれもお菓子なのにホッとした。もしや高価なものとか入っていたらどうしようかと、思ったりしたのだ。全くの危惧だったことに、軽く自嘲する。くれた人もちゃんと分かっていて、お菓子にしてくれたんだろうなと思った。そこでふと頭に浮かんできたものがあった。
 アーヴァインはどうだったんだろう。自分でさえいくつか貰ってしまったんだから、アーヴァインならもっとたくさん貰ってるんじゃないだろうか。中には……。
「あ〜 またマイナス思考……」
 セルフィはソファにぼふっと身体を投げ出した。テーブルの上には、ミス・モーグリの紙袋がでーんと陣取っているのが見える。アーヴァインに渡そう。そう思うのに、連絡をする気になれない。出掛ける前に見た光景が、瞼のウラにこびりついている。普段、アーヴァインが女の子と喋っていたりしても、別段気にもならないのに、今日のあの光景だけやたら気になる。そりゃ普段と違うと言えば違う。明らかに、アーヴァインへの好意が感じられる。あの少女は可愛らしかった。女の自分もグラッとくるくらい、はにかんだ表情が愛らしかった。
 元々ないに等しい自信がガラガラと崩れる音がする。
 自分はというと、ヤバイくらいに素直じゃない、可愛くない態度しか思い浮かばない。どっちがいいかと言ったら、自分ならあの少女を選ぶ。女の子は素直な方がカワイイ。
 ってコトは、自分はダメダメってコトだ。
 セルフィはそこへ行き着いて、思いっきりへこんだ。こんなんじゃ、アーヴァインに愛想を尽かされてしまう日はそう遠くないような気までしてくる。それは、ちょっと――――どころか、かなり。
 セルフィは胸の痛みをはぐらかすように、顔を押しつけたクッションをぎゅうっと抱きしめた。

「ウルサイな〜」
 何も考えたくないのに、ヘンな音が鳴っていた。ムッとした気分で、音源をたどれば携帯電話の着信音だった。メロディを変えたばかりなのを、忘れていた。何でこんな妙ちきりんな音にしたんだろうと、自分にダメ出しをしながら、手探りで拾い上げてボタンを押す。
「はい」
 思い切り不機嫌なのが声に出てしまった。
「アービン!」
 頭どころか全身が驚いて飛び起きた。

「ん〜 ん〜 ん〜 分かった。あ、あたしがそっち行く。じゃ」
 電話を終えて、身体の力が抜けた。必死で冷静ぶって渋ってみせたけれど、本当はアーヴァインの声に心臓がすんごいバクバクして、もうどうしたらいいのか分からなかった。そして電話を切った今も、アーヴァインからの電話がめちゃくちゃ嬉しくてドキドキはまだ続いている。いつもの口調で「会いたいよ〜」と言われて、思わず涙が出そうになった、なんてのはショハンの事情により、アーヴァインには知られたくないケド。
 それでもセルフィは、ミス・モーグリの紙袋を大事にかかえてアーヴァインの部屋へ足早に向かった。



「はい、これアービンに」
 セルフィはアーヴァインの部屋に入って一番にそれを言った。
「え!? これ? この前のと違って、大きくない?」
 驚いてはいるけれど、嬉しさの方が遙かに上回っているアーヴァインの顔に、セルフィの胸がチクッと痛む。
「日頃の感謝を込めて、フンパツしたよ〜」
 アーヴァインには悟られないよう、思いっきり笑顔で言った。
「ありがとう、セフィ」
 セルフィが思っていた通り、アーヴァインは嬉しそうに笑う。その笑顔が本当に嬉しそうなだけに、セルフィの胸のチクチクは積み重なっていく。
「セフィからは貰えないんじゃないかと思ってたから、ホント嬉しいよ」
「あたしがあげなくても一杯貰ったんやろ?」
「え? あ、うん。貰ったけど、セフィからのは全然違うから」
「――そうなん」
「そんな意外そうな顔しなくても……。僕にとって、セフィから貰えなきゃ意味がないよ」
「意味?」
 アーヴァインはちょっと困ったような顔をして、セルフィをくいっと引き寄せて唇を重ねた。
「こういうことをしたくなる人から貰えるのは、特別ってコト」
 セルフィは呆然となった。ただ頭の中を、今アーヴァインが言った言葉がグルングルン回る。特別だから。特別とは、どういうことか。こういうことをしたくなる特別、そう言ってキスをされた。キスをしたくなる、特別――――。
 顔から火が出るかと思った。
 さっき落ち込んでいた自分に教えてやりたい。アーヴァインは、本当に。だから大好きなんだな〜とセルフィは思った。

「この前のはどうしたの?」
 フルーツケーキにナイフを入れながら、アーヴァインは訊いてきた。
「食べちゃった」
「もしかして、あの紙袋の中身も全部?」
 セルフィは返事はせずに、はははと笑った。その顔を見たアーヴァインは少し目を見開いたが、ぷっと吹き出して笑った。
「セフィらしいや。そっか〜、あれ自分用だったんだ」
 アーヴァインのクスクス笑いは止まらなかった。ケーキを切り分けるナイフがプルプル震えて今にもケーキにぶすっと刺さりそうで、セルフィは気が気じゃない。
「そんなに笑わんでもええやん」
 あまりにも笑い続けるのでさすがにセルフィも口を出した。
「ゴメン。てっきり誰かにあげるためなんだと思って、ちょっと妬けてた。でも違うんだと分かってほっとして、ゴメン」
「あたしバレンタインて知らなかったんだ。だからアービンの言った意味も、ちょっと前まで分からなくて……」
「そっか〜 じゃ、これも自分用だった、のかな。このケーキの予約取ってたの結構前だもんね」
 セルフィはしまったと思ったが、もう遅かった。すっかりバレてしまった。
「ごめんっ、アービン。ほんとに、ごめんね」
「知らなかったんでしょ。でもこうやって持ってきてくれた、自分の好物なのに。僕はそれだけで嬉しいよ」
 相変わらず優しい言葉を言ってくれるのが、かえってセルフィには痛かった。
「全部アービンが食べちゃっていいよ。あたし、ここんトコ甘いもの食べ過ぎて、余分に運動しなきゃいけなくなってるし」
「そうなの?」
 そうだよと、セルフィは頷いて答えた。
「そっか〜 それは大変だね〜」
 そう言いながらアーヴァインは切り分けたフルーツケーキをお皿に乗せて、セルフィの前に置いた。大変だねと理解を示しながら目の前にケーキを置く、その行為の意味がセルフィには分からなかった。太らせる気なのか。それともはなからガマンできるはずはないだろうと踏んで、そんなことをするのか。もしそうだとしても、目の前の美味しそうな誘惑に抗う自信がないのは事実だったけれど。
「せっかくだから食べようよ。その後のことは僕も協力するから、ねっ」
「うん、そだね」
 アーヴァインが言うより前に、セルフィはケーキにフォークを入れていた。口に運ぼうとした時、にこにこと自分を見ているアーヴァインと目が合った。ケーキに気を取られていて軽く返事をしたけれど、何だか気になることを言われたような気がしないでもなかった。後で聞けばいいやと、アーヴァインに笑みを返してから、セルフィはケーキをパクンと食べた。
 思っていた通りのフルーツのみずみずしさと、クリームのなめらかさと、スポンジの柔らかさ、何より程良い甘さ。そしてアーヴァインの笑顔。セルフィは今、とても幸せな気分だった。

殺伐としたアルティミシアの話とほぼ同時進行だったので、こっちは糖分過多の話になりました。胸焼けしたらすみません。タイトルもサイコーに恥ずかしいのつけちゃったしね。
アーの方は何も用意してないのかとか、まだ出てきてない部分もありますが、ここで切らないと、きっとアーが暴走すると思うので、ここで強制終了です。(Rでやらかした前例が…(^-^;) うちのアーは辛抱強いけど我慢弱いので、無邪気にケーキを食べているセルフィが眩しすぎて直視できません。
(2009.02.20)

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