Blue Horizon

 chapt.11 蒼明

 澄んだ蒼の空を、泳ぐように真白の雲が流れてゆく。いたずらな風が前髪を揺らして通り過ぎた。少し肌寒く、ほんの僅か潮の香りを含んだ風。過日の懐かしい香りとはまた別の、今の自分に最も身近な……。
 セルフィは、そんな些細なことが今はとても嬉しかった。
 日常というものは、多分それだけで幸福なんだと思う。流れて行く日々の中に幸せを感じていない訳ではないが、大きな事象の後には、それをイヤというほど痛感する。
 あの時――――、確かに伝えたい事があった。もし、あそこへアーヴァインが来てくれなかったら、彼が死んでしまっていたら、或いは自分が死んでしまっていたら、想いは伝えられず終わっていた。だから――――、伝えられる時に伝えなくちゃいけないんだと思う。それも痛いほど感じた。
 分かってはいるけど、それが自分の苦手な部分だという事も自覚している。性格なんてそう簡単に変えられるものじゃない。自分でも、どうして言えないのか分からない。
「なんで、アービンにだけ……」
 セルフィは、デッキの手摺りに置いた腕に顔を伏せた。おろしたてのSeeD服は自分の知らない匂いがした。


 あの時の、スカーレットと刃を交えている時のアーヴァインには空恐ろしいものを感じた。少しずつ命を削り合っているようで、生への執着など微塵も無く。あれがアーヴァインだとは、とても思えなかった。あんな心を失くしたような、禍々しい気をまとわりつかせた姿は一度も見た事がなかった。
 その変貌振りよりも、セルフィにはもっと心に引っ掛かるものがあった。
 ひょっとしたらその原因が自分にあるのではないか、そう思うと、胸をナイフでえぐられるような痛みを覚えた。生への執着を捨てさせたのが自分ではないかと――――。そうではない、生きる事を放棄したなど、自分の勝手な推測に過ぎない。
 だが、一度心に湧き上がった疑念は、何度追い払おうとしても消えはしなかった。

 ならば、アーヴァインに生きる糧を与える事は出来ないだろうか、戦いに身を置く自分ではなく、もっと別の何かを。
 彼が大切だと思えるもの、強い絆の……。女の人はちょっと論外、それは自分が耐えられない。もっと別の何か……ガルバディアの家族では無理なんだろうか。血の繋がりとかやっぱり大事なんだろうか。
「血の繋がった肉親なんて…………あっ」
 ふとある考えが頭に浮かんだが、それをアーヴァインに告げるには、あまりにも自分の心の準備と覚悟が出来ていなかった。確かにそれが最適で、これ以上の方法はないだろうとは思うけど――――でも。

「セフィ」
 自分しか居ない筈のデッキに、ふいに後ろからアーヴァインの声がして、セルフィは心臓が止まるかと思う位驚いた。
「セフィ、ここにいたんだ。そろそろ慰霊祭が始まるよ」
「あ、うん。分かった」
 手を差し伸べて微笑むアーヴァインに、セルフィは精一杯平静を装って返事をした。


 アーヴァインと、教室の並ぶ通路を通り過ぎエレベーターに乗り込んだ。ガーデンに居る者は皆、慰霊祭の会場に行っているのだろう、エレベーターには他に誰も乗り合わせなかった。セルフィが何げなく斜め前に立っているアーヴァインを見上げると、顎に手を当ててパネルの方を見ていた。
「顎、大丈夫? ごめんね」
 イデアの家で目が覚める直前に見ていた夢と現実とを混同させて、アーヴァインを殴ってしまった事を詫びた。
「ホントだよ、セフィ。顎が割れるかと思ったよ」
「ごめん! ホントにごめん」
 真剣に謝るセルフィを見て、アーヴァインはぷっと吹きだした。
「ウソだよ。僕はけっこう丈夫だって、もう痛くもないし痕も残ってないよ〜。だから気にしないで」
 そう言って笑顔と共に向けられた顔が、SeeD服を着ているせいか妙に男前に見えて、セルフィはつい目を逸らしてしまった。その時都合良くエレベーターが1Fに到着したのを知らせてくれた。

 エレベーターを降りると、ガーデンのずっと奥まった所にある広場の、更に一番奥を目指して歩いた。
「スカーレットの、あ、ディルハルトさんだっけ? あの人の作るウエスタカクタスのゼリーは本当に美味しかったんだよね」
 知り合いだったらしいアーヴァインに、こんな事を言ってもいいかどうか分からなかったが、セルフィはやはり彼を悪人だとは思えなかった。
「…だろうね」
 その抑揚のない返事からは、アーヴァインの真意を読み取る事は出来なかった。
「もう、食べられないよね。もう ――、会えないよね」
「そう……だね」
 この時の声は、哀憐を帯びているようにセルフィには聞こえた。


 慰霊祭の行われる広場にはもう殆どの出席者が集まっているようだった。多くの人間が既に整列している。更に整然と立つ人の波の奥に細長いモニュメントが建っているのが見えた。アーヴァインとセルフィは端の方から、指定の位置へと向かって歩いた、制服姿の生徒の列の前方、SeeD服の一段の中にキスティスやゼルの姿が見え、静かに彼女達の横へ並んだ。
 シド学園長が、ゆっくりと前に進み出て挨拶が始まった。
 志半ばで逝った同胞に、倒さねばならなかった多くの命に、訓練の相手となって終えた命に、安らかであれと祈る。
 アーヴァインは複雑な想いを抱いてこの場に立っていた。
 以前にガルバディアガーデンで参加した慰霊祭では、ディルハルトの冥福を祈った。その後も、いくつもの別れに遭った。

 やがてシドの挨拶が終わり、人の波が緩やかに動き出す。

 けれど、ディルハルトは生きていた。立場は変わってしまったが生きていた。あれは間違いなく彼だった。過酷な時の流れを感じさせる風貌になってはいたが、温かさも意志の強さも、以前と寸分違わず彼だった。それを、喜んでいるのか、悲しんでいるのか自分でも分からない。ただ、一つ言える事は、次に敵として対峙した時は、もう躊躇わない。それが彼と、自分の信じるものへの礼儀と忠誠。
 人の波に押されるように足を進め、手に持った白の花をモニュメント前の献花台に置いて、アーヴァインは祈りを捧げた。



「アービン」
「ん?」
「あたしは、アービンの為に花を捧げるのなんか絶対イヤだからね。絶対しないからね!」
 ぞろぞろと会場を後にする人混みの中、前を歩いていたセルフィが突然振り向き、アーヴァインにビシッと指を突き付けて言い放った。
 不意を突かれた言葉は、ガッと乱暴にアーヴァインの心の奥に突っ込んできた。良くは憶えていないが、セルフィが死んだと言われた時、何かが壊れたような気がした。何もかもどうでもよくなった―――― 自分の命さえも。その事をセルフィは言っているのか、見透かされていたのか。
 動揺を隠すようにアーヴァインは笑顔を作った。
「その言葉、そっくり返すよ」
「あたしは死なない! ぜーーったい死なないっ!」
 自分が取ってしまった行動とは全く逆の言葉だったが、セルフィは今は本当にそう思っていた。
「分かったよ〜」
 いつものように、アーヴァインは少し甘ったるい声で返事をした。
 軽く返した事に怒ったのか、セルフィは再びくるんと前を向き、猛然と歩き始めた。それを、アーヴァインは慌てて追いかけた。

「あれ?」
 寮の通路近くセルフィが突然立ち止まった。
「ふごっ! ちょっ、セフィ、急に止まんないでよ〜」
 あまりにも急に止まったので、アーヴァインはつんのめってセルフィを押し潰しそうになった。
「アービン、な〜んか忘れてない?」
 セルフィが再びくるんとアーヴァインの方を振り返った。
「ん〜? 別に……あーーっ!!」
「思い出した! 慰霊祭の後、はんちょのトコ来いって」
「言われてたっ! 急げセフィ!」
「やっばーーーい!!」
 二人は慌てて踵を返し、寮へ向かう人の波を掻き分けるようにして逆走を始めた。ガーデン生の手本であるべきSeeDが、血相を変えて通路を爆走する姿を、何事かとある教授は顔をしかめ、ある生徒はいつもの光景だとクスクス笑い、ある生徒は巻き込まれては敵わないと慌てて飛び退き道を開けた。


「遅くなって、ごめーん」
「ごめんっ」
 息を切らせてスコールの職務室に入ると、ガーデン一冷徹な美貌の持ち主が一人腕組みをして立っていた。
「おそい」
 その一言が氷のように冷たいと、二人は思った。セルフィ達の方を一瞥すると、黙ってスタスタと歩くスコールの後ろをそろ〜っと、二人はついて歩いた。
「おっせーぞ、おめーら」
 隣の小さなミーティングルームに入ると、ゼルもプンプン怒っていた。
「慰霊祭が終わった時、声を掛けたのに、あなた達無視して行ってしまうんだもの」
 キスティスにそう言われると言い返す言葉も出なかった。実際その通りだった。これ以上皆の機嫌を損ねる前にと、アーヴァインとセルフィは、そそくさと席に着いた。
「今日集まって貰ったのは、報告とSeeDの今後について急速な進展があった為だ。後日正式な発表があるが、それに先だって知らせておきたい事がある」
 スコールが、いつもより少し低めの落ち着いた声で話し始めると、他のメンバーは自分の前のモニターに目を落し、耳はスコールに傾けた。

 ジェナは無事エスタに到着し、本人は落ち着いて元気でいると、直々に大統領から連絡があった事。次にここ最近の一連の事件の仮報告。山間でSeeDを襲った連中とロワ家の前でジェナ誘拐を試みた連中は同じ組織とみてよい。だが、ディルハルトが属している組織も同じかどうかは不明で目下調査中である事。またジェナ達が連れて行かれた倉庫は、少し前に白のSeeDから要チェック箇所として連絡が来ており、近々調査する予定であった事。
 そして最も重要な事は、他にも魔女が存在している可能性があり、またそれを狙う組織も複数存在する可能性が高いという事だった。
「つまり今回みたいな事件がまた起きる、かも知れないってコトかよ」
 流石の熱血ゼルも動揺を隠せなかった。ガルバディアのビンザー・デリング前大統領が、魔女を利用しようとして招いた惨劇が、今も鮮烈に心に蘇る。
「そういう事になるな」
「うわ〜 かなりキツイね」
 反面アーヴァインの声は明るかった。その心の内は別として。
「そこで少し前から案件として上がっていたSeeDの特殊部門の設立が急ぎ検討される事になった」
「どんなの〜?」
 いつものようにセルフィは、新しい事には興味津々だった。
「一言で言うと、対魔女専用ってところかしら。魔女の捜索、保護、または討伐。それらをメイン軸とした特殊セクション」
「それってもしかして、あたし達の事?」
「そうだな、俺たちが一番魔女に近い。魔女と複数回に渡って戦った者など、そうそういるものじゃない」
「そっか〜」
「もちろん強制ではないが、協力してくれるとありがたい」
「そんな他人行儀な事言わないでよ。来いって言ってくれたんでいいのに〜、僕はそっち行くよ〜」
「俺もそっち行くぜ。バトルが少なそうなのが残念だけど」
 アーヴァインもゼルも、大きな決断に微塵の迷いもなかった。
「通常の任務もこれまで通りある予定よ、最優先事項が加わるだけ、と言えば分かり易いかしら。ところで、セルフィは?」
「あたし〜? う〜ん、ちょっと考えてみる」
「そう、良い返事を期待しているわ」
「SeeDは、俺たちの代で完遂するような組織ではない、魔女がいる限り、魔女の力が継承されていく限り、遠い未来まで続く。俺達はその礎になる」
 スコールの言葉の裏には、再びアルティミシアやアデルのような魔女が出現するかもしれないという事を含んでいた。確かに、時間圧縮で未来のアルティミシア城へと繋がった空間には、SeeDと思われる真新しい屍があった。
 またあんな恐怖が世界を覆うことがあってはいけない。だが、それはけして絵空事ではない。明日にでも起こりうる事なのだ。魔女アルティミシアの恐怖は去ったとはいえ、月の涙によってモンスターの脅威は逆に増している、悲しいかな人同士の争いも未だ絶えてはいない。魔女を倒して平和になりました、めでたしめでたし、と言えるような世界ではない。一歩踏み出した程度だ。改めてそれを思い、この場にいる者全員、身の引き締まる思いがした。
「以上で今回の報告は終わりだ」

 ガタガタと席を立ち、部屋を出て行こうとしていた仲間達にセルフィが声をかけた。
「ねえねえ みんな明日休みだよね。これから出掛けない? 前みたいにさ、一緒に朝日とか見ない?」
「お、楽しそうじゃん、行こうぜ〜。な、スコール」
 セルフィと思考の似ているゼルはすぐにノッてきた。
「…………」
 相変わらずスコールは簡単に返事をしない。
「ね、リノアも誘っていこっ、はんちょ! モチロン、三つ編みちゃんとサイファーもね〜」
「なんでだよ!」
「どうしてなの!」
 ゼルとキスティスが全く同じ反応をしたのが、セルフィもアーヴァインも、スコールまでも可笑しくてほんの僅か顔を崩した。
「じゃね決まりね〜」
「まだ返事してないぞ」
 ここまで来てもまだスコールは抵抗した。
「もう決定だよ〜ん」
「あきらめなよ、スコール。相手が悪いってば」
 セルフィの事を熟知し過ぎているアーヴァインは、クイッと肩を竦めてみせた。
「…………」
『こいつの被害よりはマシか』
「ちょっとスコール、今僕に同情しなかった?」
 ポーカーフェイスの向こうの表情を、アーヴァインは的確に読み取っていた。
「悪かったな、よね?」
 本人より早かったキスティスの返事に、スコールはバツが悪そうに横を向いた。
「時間が決まったら連絡しろ」
 ようやく諦めたスコールがそれだけ言って、ミーティングルームを出ていった。
「りょうか〜い! さ、ゼル作戦会議だよっ」
「お? おう」
「それじゃあまた後でね」
 キスティスが眼鏡を外し、楽しげにクスッと笑って出ていった。
「アービンも、部屋戻ってていいよ〜 後の事はこっちでやっとくから〜」
「ええ〜」
 不満な声で意思表示をしてみたものの、セルフィは既にゼルと計画を練るのに集中していて、アーヴァインの存在など意識の外へ飛んでいるようで、彼は諦めるしかなかった。


「あら、あなたも追い出されちゃったの?」
 アーヴァインは直ぐにキスティスに追いつき、並んで歩いた。
「まあね、セフィだからね〜」
「相変わらずあなたも苦労するわね」
 キスティスの思い出したようなクスクス笑いは、なかなか止まらなかった。
「だろ〜? 分かってくれるはキスティだけだよ」
 アーヴァインは大袈裟に溜息をついた。
「でも元気になって良かったわね。結構なケガしてたんでしょ? 彼女」
「うん そうだね。死んだかと思っちゃったよ」
「そんなに酷かったの?」
「う〜ん 命に関わるようなケガじゃ無かったんだけど、僕がそう思いこんだっていうか……でも状況的には死んでてもおかしくなかったっていうか……」

「あなたが居たから……かな」
 誰に言うでもないようにキスティスは呟いた。
「何? どういう事?」
 どこか遠くを見るような目をしているキスティスを、アーヴァインは訝かしげに見た。
「さあ〜」
「さあって何だよ、キスティ〜」
 漠然とした思いで言っただけで、キスティスにも明確な答えがあった訳ではなかった。言葉にならない類のものというか、感覚的なものというか。こう目に見えない絆、そう絆。キスティスがそれに気が付いた時には、丁度通路が交叉する所に差し掛かっていて、結局、キスティスは何も答えず、アーヴァインとはそこで別れた。



※-※-※



「ちょっとゼル!! なんでトラック〜!」
 アルクラド平野の東の端っこへ向けて走るトラックタイプの車の荷台から身を乗り出すようにして、セルフィは運転席のゼルへ抗議の声をあげた。だが、流れる風と暗闇にその声は吸い込まれ、ゼルの元へ届く前にかき消えた。
「そう怒るなってお嬢。それよりどうしてこの配置なんだ、俺はそっちの方が落ち着くんだが」
 最もこの乗り物の選択に不満があるだろうと思われたサイファーは、意外とそうでもないらしく、どちらかというと席次に不満があるようだった。
「あら、私たちはこっちの方が落ち着くわ」
 荷台は狭く、無駄にデカイ男二人を含めて六人も乗っている為、かなりぎゅうぎゅう詰めだった。
「そうよね〜」
 キスティスの横で、その腕を取りリノアも賛同の声を上げた。
「そっちはいいかも知れないけど、こっちは地獄だよ〜。ね、スコールもそう思うだろ〜?」
 男子組と女子組と見事に別れて座っているのだから、男子組としては不満で当然と、アーヴァインはスコールに振った。
「別に……」
 けれど、これも当然のようにスコールの賛同は得られなかった。
「うわっ 星が流れたよ!」
 がっくりと項垂れたアーヴァインとは正反対の、セルフィの明るい声がした。
 さっきまで空を覆っていた雲はどこかへ去り、空には満天の星が輝いていた。まだ早春の冷たい空気のせいか、街からは離れた場所にあるせいか、見上げれば今にも迫ってくるような星空だった。
 明け方前、バラムガーデンから遙か離れた車の上で、皆暫し星空を眺めた。



「お疲れ様です。荷台は寒かったでしょう」
 助手席から降りてきた三つ編みちゃんが、荷台の皆へすまなそうに声を掛けてきた。
「三つ編みちゃんが温かいココアを振る舞ってくれたし大丈夫だったよ! ほらね」
 皆が降りた最後に、セルフィが荷台から軽やかに飛び降りると、三つ編みちゃんの手を握った。
「ほんとだ、良かったです」
 握られた手が温かくて、三つ編みの少女はホッとしたようだった。
「じゃ、行こうか」
 セルフィは三つ編みちゃんの手を握ってそのまま歩きだす。だが、足を踏み出した途端、空いていた方の腕をクンッと何かに引っ張られた。
「セフィはこっち〜」
「わわっ!」
 引っ張られたことでバランスを崩し、後ろに倒れかけた背中が何かにぶつかった。
「ごめん、ごめん」
「もー アービン、どーして引っ張るかな〜」
 頭上から聞こえた声に、どうなっているのかは直ぐに分かったが、急に引っ張った事をセルフィは咎めた。けれど、うっすらと明るさと色を取り戻し始めた景色の中、見上げた顔があまりに物言いたげで、それでいて困ったような顔をしていて、セルフィはそれ以上何も言えなかった。
 言いたい事があるなら、はっきり言えばいいのにと思う。同時に、変な所で気遣いをするというか、たま〜に飲み込んでしまう事があるのが、アーヴァインだよな〜とも思う。イヤなんかじゃないのに。こんな時、普段アーヴァインの事を邪険にしがちな自分を少しだけ反省する。そして、自分の気持ちを自覚する。こういう所も含めて、アーヴァインの事が大好きだ。
「みんなのトコいこっ」
 そう言って、セルフィはアーヴァインの腕に手を絡めた。そうすると、アーヴァインは本当に嬉しそうに笑ってくれる。


 海岸へと緩やかに下る緑に囲まれた小径を、仲間達の姿を追ってアーヴァインとセルフィは進んだ。もう辺りはすっかり明るく、太陽は水平線の直ぐ下から、細く力強い光を放っていた。視界は悪くない、だが手入れのされた小径には、至る所に低木や花を咲かせる木が植えてあって、なかなか仲間達の姿は見つける事が出来なかった。漸く、脇道の少し奥にサイファーの後ろ姿が見えて声を掛けようと思ったら、キスティスと二人じっと立って何かを話しているようだった。周りに他の仲間の姿は見えない。流石にセルフィも声を掛ける気にはなれず、そのまま下へと歩いた。下へ歩く間にも、他の仲間達の姿を見つける事は出来なかった。
「あ、太陽昇ってきたよ」
 アーヴァインの声に、セルフィは足を止め正面の海を見た。眩い光を発し太陽がゆっくりと昇ってくる。空を鮮やかなオレンジ色に染めながら。
「ちょっと座らない?」
「うん、そだね」
 少し脇に入った所にあるベンチに座って、昇っていく太陽を眺めた。見ている間にどんどん昇っていく。



「アービン、あのね」
 今なら言えそうな気がした。

「ん?」
 アーヴァインは相変わらず優しい笑顔で、セルフィを見る。

「アービンが欲しいと思うなら、あたし……あたし、ね…」
 彼がそれを望むなら、応えたいと思った。
 自分もそれが最善の方法だと思う。
 より彼と絆の深い存在。自分の覚悟なんか、その後でいい。最も大事なのは、アーヴァインに生きる糧を与えたいという事。自分という存在よりも、もっとずっと強い絆となるものを。
 セルフィは、その先がなかなか言えず、じっとアーヴァインの瞳を見つめた。大きく波打つ自分の心臓の音が、アーヴァインの耳にまで届きそうだと思った。

 セルフィが次の言葉を言うより早く、アーヴァインが口を開いた。
「僕が欲しいのは、セフィだよ、セフィだけ。それだけでいいんだ」
 アーヴァインは柔和な微笑みを崩す事なくセルフィを見て、頬に指で優しく触れた。
「……アービン」
「だからね……」
 セルフィの頬に触れた指はゆっくりと移動して、そっと唇をなぞる。
「だから、約束してくれないかな。そしたら僕は、それだけで生きていかれるから」
「アービン」
「僕の傍にいてよ……ずっと、ず〜っと」
「……うん」
 セルフィが小さく答えると、アーヴァインはもう一度嬉しそうに笑って、セルフィの顎を引き唇を重ねた。


 新しい一日の始まり――――。
 柔らかな光の温かさを頬に感じる。
 近くの枝から小鳥が数羽、飛び立つ音が聞こえた。




「朝焼けって、夕焼けと同じ位綺麗なんだね」
 セルフィは、ぐるりと空を仰いで、最後に前方の海の方へと視線を向けた。
 朝のひんやりとした空気が通り過ぎ、セルフィが小さく身震いしたのを見て、アーヴァインはそっとセルフィを抱き寄せた。

 もうじき、僅かに朱の混じった空は青一色になる。
 空と海の接する所には、くっきりと蒼い水平線が浮かび上がるだろう。
 もう自分の道を、生きる事を迷ったりはしない、あの水平線のように、真っ直ぐに生きよう。彼女が傍にいてくれる限り。例え水平線の向こうへと、離れてしまう事があるとしても、自分の心は変らない。


 誰かが言った通り、次の日の朝日や夕焼けを見ることが出来ない人は、世界中にたくさんいる。けれど、夜の次には必ず朝が来る。
 そして自分は思う。


―― それでも、この惑星(ほし)の朝は美しい ――


 思い思いの場所で、思い思いの景色を眺めている仲間達の声が、心に響いた。



END

長い話にお付き合い頂きありがとうございます!
これまで『FAINAL FANTASY VIII』に対して感じて来たものを全て詰め込んだ、思い出深い作品になりました。
真にイイ男になれ、アービン! 【おまけ】
(2008.05.31)
【追記】
11話に出てきた『慰霊祭』はバラムガーデンのれっきとした年間行事の一つです。ゲーム開始時の学習パネルと、チュートリアルで確認が出来ます。
対人間戦に於ける描写が軽いという意見も聞きますが、こういう行事が組み込まれている所を見ると、けして軽く扱っている訳ではなく、『FAINAL FANTASY VIII』という媒体で考えた場合、敢えてああいう描写にとどめられているのではないかと思います。
(2009.02.26)

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