藍反射

前編
 タンと軽く跳躍したかと思った次の瞬間、青年は自分よりも数倍はあるモンスターの顔と同じ高さで視線が合うと、ニッと笑って拳でモンスターの眉間を突いた。
「ほい、いっちょ上がりー」
「ゼル代わってよ〜」
 念のため今倒れたぱかりのアルケオダイノスに向かって、セルフィはパスパスと銃を撃ちながら、前方で得意そうにしているゼルへ愚痴る。
「なんでかなー、やっぱり麻酔銃照準ズレてるよコレ〜、整備怠慢だよ〜」
「オレは暴れられて楽しいけどなー」
「む〜 ゼル代わってよ。あたしも暴れたいよ〜、もうリストの半分位埋まったや〜ん」
「全くな〜、アーヴァインがいればこんな任務チョイチョイと終わるのになー」
 ゼルはセルフィの言うことを軽く素通りして、今倒れたばかりのアルケオダイノスの横にしゃがみ込んで、硬い皮膚をつついていた。
「な、アーヴァインどこにいんだ?」
「ガルバディア〜、ねーゼル代わってよ〜」
「そっかー、んじゃ無理だわな」
 相変わらずゼルは、自分に必要な部分しか耳に届いていないようだった。
「後、なにが何匹いるんだー?」
「アルケオダイノス2頭、ゲヘイスアイ5頭、ケダチク19匹、バイトバグ6匹だよ、かっわっれー」
「そか、さっさと終わらそうぜ」
「ゼールーー!!」
 ちっとも自分の言うことを聞いてくれないゼルに、セルフィはいい加減怒り心頭だった。手にしていた麻酔銃をゼルに投げようかと思った時、ズンと近くアルケオダイノスの足音が聞こえ、セルフィの願いは脆くも崩れ去ってしまった。
 結局それからもゼルはちっとも代わってくれず、彼の弱らせたモンスターに麻酔銃を打ち込む担当に終始して、ガーデン訓練施設用のモンスター捕獲任務は夕日が沈む前に終わった。
 ガーデンに戻り、担当者に報告をする際も、麻酔銃の不良整備のこともあって、どうにもぶっきらぼうな対応をしてしまった。
「あ〜あ 暴れたかったな〜」
 通路を歩きながら、セルフィは大きな独りごとを呟く。目の前にいい運動のエサがいるのに、ことごとくお預けを喰らって非常にモヤモヤとする。かといって今から訓練施設へ行く気にもなれない。さっき自分達が捕獲してきたモンスター相手かと思うと、かなり虚しい。武術室はもう終了の時間だし、アーヴァイン相手に暴れようにも今はガルバディアで任務中。どこにも発散する場所がなくて、セルフィは溜息をついた。
「仕方がない、美味しい物で発散しよう」
 パッと考えを切り替え食堂向かうべく顔を上げたら、こちらへ手を振っているガーデンの女神様の姿が見えた。

「それで、その食べっぷりなのね」
 自分はとっくに食事を終えていたが、まだまだ食べ続けるセルフィを見て、キスティスは苦笑した。
「うん、久し振りのモンスター相手やったのに」
 勢いよくアイスクリームにスプーンを突き刺しながらセルフィは愚痴った。
「何だか言いにくくなったわね」
「なに〜?」
 セルフィはアイスクリームをぱくんと食べてキスティスを見た。
「次の任務のオハナシ〜」
「それはちゃんと聞くよ〜」
 自分の声真似をして言われて、セルフィは大人気ないことを言ってしまったのに気が付き、ちょっと恥ずかしくなった。
「良かった、それじゃあ休暇明けの明後日からガルバディアへ行ってね、アーヴァインの助っ人よろしく」
「ええ〜」
 優雅ではあるけれどどこか含みのある微笑のキスティスに、セルフィはつい不満げな声を上げてしまっていた。
「任務よ、セルフィ」
「ハイ、分かってますよ〜」
「任務の後、遊んで帰ってきてもいいから」
 自分の心を見透かされ、更に痛いところを弄ばれてしまい、もうぐうの音も出ない。
「そんなこと言ったら一泊して帰っちゃうかもよ〜」
「どうぞ、その時は私に連絡入れてね、こっちで上手くやっとくわ」
「うぐぐぐ」
 慈母のような微笑みで見つめられ、セルフィは自分の言った言葉にまた恥ずかしくなり、顔が真っ赤になっているのが自分でも良く分った。試みたキスティスへの反撃は、相手の方が更に上手で、あえなく撃沈してしまった。

 セルフィが嫌がるのも無理はないとキスティスは思っていた。
 先日、ガルバディアガーデンの交換研修生が来ていた際、彼女にしてみれば面白くない光景を目にしただろう。
 バラムガーデンに来てからのアーヴァインは、スコールにさえ分かるくらい、セルフィ一筋の行動を取ってはばからなかった。魔女アルティミシア討伐のメンバーは皆、バラムガーデン内では当人たちの中身に関わらず憧れの対象だった。アーヴァインも例に漏れず人気はある。ただ、彼の分かり易すぎる行動のお陰で、三分の二位の数は損していると思われたが。
 けれど、ガルバディアガーデンでは、また勝手が違うらしい。
 幸か不幸か向こうでは、セルフィを追っかける姿を目撃されることもなかった。ガルバディアでの印象は、彼が魔女イデア狙撃任務でガルバディアガーデンを後にした時のままだろう。そしてこの前の研修生達の行動を見る限りでは、それを裏付けるかのようになかなかのモテっぷりだった。
 本人がそれをどう受け止めていたかは別として。
 その辺りを鑑みると、ガルバディアガーデンでまた同じような光景を目にするであろうことは、セルフィも予想しているはず。いくら恋人を放置気味のセルフィでも、面白くないだろうと思う。アーヴァインに、任務後二人で一泊して帰るくらいの気概があれば、また違うのだろうが。残念ながら、今の彼では多分 ―――― 無理だろうとキスティスは思っていた。
 キスティスは目の前で浮かない顔をして、小さく溜息をついた同僚に「頑張ってね」と、声をかけて二人で食堂を後にした。



※-※-※



 ガルバディアガーデン。
 バラムの自由な校風や、更に上をいくトラビアの弾けた校風に慣れ親しんできたセルフィには、ここの軍隊を思わせるような校風は苦手だった。しかも今回はSeeDとして、言わばバラムガーデンの顔として来た。その荷は重い。もっと別の心を重くするものもあったけれど、それは心の端っこに追いやった。
 セルフィは大きく深呼吸をし、SeeD服の襟を正すと、気合いを入れてガルバディアガーデンの中へと足を踏み入れた。はずだった、が、気の抜けるような陽気な呼び声に、たった今引き締めた気がふにゃんと崩れた。
「セフィ〜」
 図体のデカさに似合わず、子供のような笑顔でブンブン手を振りながら走って来る青年の姿に、脱力した。横を通り過ぎるガルバディアガーデンの生徒が「何事か」という目でこっちを見ているではないか。そのヘラヘラした笑顔じゃSeeD服が泣くぞ、と思う。それでもハグされている感じはそんなにイヤじゃなかった、会うのは久し振りだし、仮にも好きな相手だし。アーヴァインに抱き締められると妙に安心する……。
 ―――― にしても、これは…………長いっ!

「離して、アービン」
 本当にどうしてこう、外野の事はお構いなしなのか。お堅いガルバディアガーデン出身の人間なのに。ひょっとしてその反動で、こんな風になっちゃったんだろうか!? セルフィが頭を捻っている内に「セフィ、こっちだよ〜」と、アーヴァインは彼女の荷物を持ち、手を引いて歩き出していた。
 セルフィはすぐにここがバラムではなく、ガルバディアだという事を思い出して手を離した。けれど、気になってアーヴァインの表情をそっと窺った。いつもなら不満げな視線をよこすのに、そのままスタスタと歩く所を見ると、彼も一応諸々の自覚はあるのかなとセルフィは思った。何より、絶対好奇の見られるし……と思ったが、存外そうでもないらしいことを、アーヴァインの少し後ろを歩きながら感じた。
 以前訪れた時には廊下を歩く時でさえ、無言できびきびと歩いていた生徒達が、今は雑談をしながら歩いている。セルフィはガルバディアガーデンに来るのを極力避けていたので知らなかったが、ドドンナが学園長を失脚して以後、ガルバディアの校風も変わったらしいということに、やっと今気が付いた。
 今の学園長は、トラビアとまでは行かずとも、バラム並の自由度は許容してくれる人物なのだろう。一方、軍服姿の人間も時折見かけたので、依然軍との結び付きはあるらしいが。ガーデンという物の特性を考えれば、それは切っても切れないことだろう、バラムも例外ではなく。
 そんなことを考えている内に、アーヴァインの足が止まった。
「セフィ着いたよ。ここが君の部屋〜」
 どうやら今日の宿となる部屋に着いたらしい。
「ありがと、アービンは?」
 取り敢えず聞いてみた。
「こっち〜」
 アーヴァインはにこにこと、すぐ隣の部屋を指さしていた。それを聞いてセルフィが訝かしげな顔をしていたのが分かったのか、来客用だから男女の区分はないんだよ、と付け加えられた。そりゃあ、まあそうかとセルフィも納得して、アーヴァインが鍵を開けてくれた自分の部屋へと入る。
「どうしてアービンも付いてくるのかなぁ?」
「荷物いらないの?」
 アーヴァインの肩には自分のバッグが掛かっているのを忘れていた。余計なことを考えてついそう言ってしまった自分が、セルフィはちょっと恥ずかしくなった。
「荷物置いたら、早速任務に入るけどいい? ほかのことは後で説明するけど」
「うん、了解だよ」
 任務という言葉にすっと心を切り替え、セルフィはSeeDの顔をして返事をした。



 余り大きくはないミーティングルームにアーヴァインと一緒に入ると、そこに居た人間は意外にも生徒の方が多かった。緊張してこの部屋に入ったセルフィは、そのことに少しホッとした。以前よりも砕けた印象になっているとは言え、教授達はまだ以前と同じ厳めしい人物が多いように見受けられただけに。
 軽く自己紹介を終えると、「こちらへ」とガルバディアの生徒に促され、セルフィも生徒達と共にテーブルについた。

 好むと好まざるに関わらず、ガルバディア軍との結び付きが強かったガルバディアガーデン。それ故に、バラムやトラビアに比べ、対モンスターについてはあまり重きを置いてはいなかった。今回学園長が替わると共に、対モンスターについての強化が図られることになり、野外での訓練や訓練施設での戦闘のアドバイス等を主な目的として派遣された。
 生徒という事もあってか話をしてみると、結構気さくな連中だということが分かり、セルフィも知らない内にその場に馴染んでいた。それでも、時折切り込まれる質問の鋭さや、論議の発熱っぷりから、ガルバディアらしさを伺うことが出来た。こちらの話やら説明やらが一段落した所で、隣のチームにいるアーヴァインをチラリと視線を向けてみる。
 何て言うか、驚いた。
 戦っている姿というのは今までに数えきれないくらい見てきたけれど、会議等での姿はあまり見たことがなくて新鮮だった。というか、普段が普段だけに、真剣な面持ちをしているのは随分と久し振りだな〜、とセルフィはぼんやりと思った。戦っている時とはまた違う種類の真面目さというか。意外と、テキパキ受け答えてをしている。何よりキョドっていないアーヴァインの姿というのは、セルフィには珍しかった。更にじ〜っと見ていると、キスティス張りに先を読み、無駄のない進行っぷりに驚いた。能ある鷹は爪を隠すと言うが、今のアーヴァインはある意味そうかも知れないと、セルフィは「どうぞ」と差し出されたコーヒーを受け取り、口に含みながら素直に感心した。
「人間何かは取り柄があるっていうけど、それかな〜」
 アーヴァインが聞いたらヘコむこと間違いなしの科白を呟いて、セルフィは自分のテーブルへ視線を戻した。

 その後も滞りなく、というより砂に水が沁み込むようなスムーズさで、作業は進んだ。この辺はバラムはまだしも、つい笑いに変えてしまいがちなトラビアでは余りないbsで、ちょっと見習わないといけないなとセルフィは思ったりした。そういう状態だったので、今日の作業部分は予定より早く終了した。
 隣のアーヴァインのチームはまだ終わる気配はなく、セルフィの視線に気が付いた彼は「食堂で待ってて」と小さく告げた。
「セルフィさんも一緒に食事行きませんか?」
 一緒のチームの生徒がにこやかに誘ってくれたので、セルフィも快く申し出を受けた。
 ガルバディアの生徒達の食事はまた楽しかった。違う学園とは言えど、似たような年齢の若者であるということは同じだ。厳しい規則の中でのスリリングな体験談や、質の悪い教授は誰と誰だから気をつけて下さいねと教えてくれたりした。色んな話をしているうちに、セルフィはすっかりガルバディアガーデンも悪くないと思えるようになっていた。
「そう言えばキニアス先輩って、バラムでもやっぱりモテてます?」
 すっかり心が無防備になっていたセルフィは、唐突な女生徒の質問に、口をつけていたアイスココアを危うく噴き出しかけた。
「う〜ん、どうやろ。ここ程じゃないかな〜」
 必死に冷静な声を作り答えた。
「そうなんですか、意外〜」
 意外なのか、そうなのか。“意外”などと言われるくらい、ガルバディアガーデンではモテるのか。とセルフィの心はぐらんと揺らされた。それからはどういう会話をしたのか、セルフィはあまり憶えていなかった。「じゃ、これで失礼します」とガルバディアの生徒達が去っても、まだセルフィは半ばぼ〜っとしていた。アーヴァインのドコにそんなモテる要素あるんだろう。確かに背は高い、見た目は……無駄に男前、銃の腕はうんまあ、かなりの使い手、取り敢えず魔女討伐メンバー。だが、以前ならいざ知らず、最近の彼は、更にヘタレに磨きがかかったような気がする。少なくとも自分に対しては……。セルフィがう〜んと、唸りながら視線を巡らすと、ふっとアーヴァインの姿が視界の隅に引っかかった。
「う〜ん、分からへん……」
 数人の女の子にまとわりつかれるように歩いているアーヴァインを見て、セルフィは酷く鈍った思考で呟いた。
「ここ座ってもいいですか?」
 ふいに聞こえた声の方を向いてみると、柔和な笑顔の青年が、身体を折るようにしてセルフィを見ていた。



『あーーー、また、セフィはっ!』
 ようやく捜している人物を見つけたと思ったら、早速危険な状態に陥っている。当人は気付く由もないだろうが、それだけにアーヴァインは焦った。誰とでも仲良く! は、彼女の専売特許、食べ物関係の話を出されていたら特に……。そう思うと、とにかく急がなければと、周りにいる女の子達に「またね〜」と愛想笑いをして、食堂の奥にいるセルフィの所へ足早に向かった。
「セフィ、お待たせ」
「アービン」
 妙に不機嫌そうな顔で見上げられる。そんな顔で見られる謂れはないぞと思ったけど、この男からセルフィを引き剥がす方が先だ。
「明日の打ち合わせしときたいんだけど、いいかな?」
 セルフィの隣の席に腰かけながら、彼女の向かい側に座っている男を一瞥してアーヴァインは言った。セルフィには見えないように、僅かに男の眉がひそめられたのがアーヴァインには分かった。その表情にムッとしたが、同時に安堵もした。どうやらまだ男の思い通りにはなっていないようだ。
「うん、いいよ。アービン食事は?」
「じゃ、私はこれで失礼します」
 そう言うと、セルフィの向かいに座っていた男は静かに席を立った。
「なんとかカクタスの情報ありがとうございました」
「どういたしまして」
 男はにこやかな笑顔で、小さく会釈すると食堂を出て行った。
「セフィ、気をつけないとダメだよ」
「なんで? てかまた飲む〜」
 はぁ〜と溜息をついたかと思うと、セルフィの前にあったコップを取り、アーヴァインはそれをコクコクと飲んでいた。
「さっきの男、射撃のインストラクターなんだけどね、ここじゃ有名なんだよ、女の子に手が早くて」
 どの口がそんなこと言うのかとセルフィは頬杖をついて、じ〜っとアーヴァインを見た。が、さっきのガルバディアの生徒達が教えてくれた内容を思い出した。確かに、その男の名も要注意人物として上がっていた。今回はどう考えても、アーヴァインの行動は正しかった。
「ごめん、ありがとう」
「セフィは本当に無防備だから、心配なんだ」
 そう言った表情(かお)は、いつもとは違って真剣な感じがして、セルフィは何も言えなかった。




 流石に夜ともなると、通路は静寂に包まれていて、ここがガルバディアだということを改めて思い起こさせた。
「明日はお昼頃に任務終了だと思っていたけど、なんかちょっと長くなるかもだね」
 ははははと乾いた笑いをアーヴァインは浮かべていた。予定より早く終われば、少しはセルフィとゆっくり出来る時間が取れるかな〜、と思っていたりした。
 だが、SeeDという現実は結構シビアだった。
 さっき食堂を出ようとした時、頼まれごとをしてしまった。明日の任務が早く終わったら、その後少しモンスター相手の実戦を、ガルバディアの生徒に見せてやって欲しいと。お世話になった教授立っての頼みでもあり、セルフィもかなり乗り気で、その上バラムガーデンの方もなんなら任務延長でも構わない、なんて泣けることを言ってくれた。いつになったらセルフィとの仲を進展させられるのか、これじゃデートをする暇もない。
「じゃ、また明日ね、アービン」
 アーヴァインががっくりと方を落として溜息をついた時、セルフィからのおやすみの言葉が聞こえた。もう、自分達に割り当てられた部屋に着いてしまったらしい。ホントにもう……せめて……。
 アーヴァインが顔を上げたら、セルフィはもう自分の部屋の中に入っていた。
『がんばれ、僕』
 意を決してドアが閉る寸前、アーヴァインもトンッと中に入った。
 後ろで静かにドアの閉った空気音がする。
「セフィ、忘れ物」
「ん?」
 アーヴァインはセルフィが気が付くより早く行動に起こし、そして離れた。
「じゃ、おやすみセフィ」
「お……やすみ」
 まだぼ〜っとしているセルフィにふわりと微笑んで、彼女の部屋を後にする。
 今日はコレで良しとしよう、彼女の唇の柔らかさを思い出しながら、アーヴァインは自分の部屋へと入った。

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