藍晶石の午後

「よし、まずドコ行く〜?」
 駐車場にバイクを止め、久し振りに羽を伸ばせる喜びと、大好きな少女と二人だけで出掛けられた嬉しさを満面に乗せ、身体を折るようにしてアーヴァインはセルフィの方を振り返った。
「ん〜っとね…」
 セルフィはあまりした事のないヘルメットの留め具が、なかなか外せなくて四苦八苦していた。
「セフィかしてごらん」
 アーヴァインはそうい言うと、いとも簡単に留め具を外してくれた。
「ありがとう」
 こういう小さいけれど、細やかな優しさが、アーヴァインが女の子にモテる要因の一つなんだろうな〜とセルフィは思った。
「え〜と、それじゃセンデルさんのお店に行きたいでーす!」
「え?! それって、メカ系パーツの店の?」
 てっきり洋服だとか雑貨とかの店へ行くのかと思っていたら、何とコアな男の子御用達のような店をご所望とは……。セルフィらしいと言えばらしいのだが、万が一という事もあるかと一応聞き返してみた。
「うん、そうだよ〜 ちょっと欲しいパーツがあってね〜」
 その生き生きとした表情に、クラリと心を揺らされながらも「やっぱりか…」と、心の中で苦笑いした。
「その他は?」
「ん〜 特にないよ。アービンが行きたい所があったら付き合うよ〜」
 にこにこと無邪気な笑顔を自分の方に向けて言われ、それならば自分の努力次第で、楽しい日にする事はいくらでも可能だと、アーヴァインは思わず顔の筋肉を緩ませた。



「う〜ん、どっちにしよう迷うな〜」
 センデルの店で、同じ役割をする二つのパーツを見比べながら、セルフィはどちらにするか悩んでいた。顎に手を当て時折首を左右に振りながら考え込む姿も可愛い。この店に入ってからもう小一時間こんな感じでセルフィは商品を吟味していた。自分もこういう店は嫌いじゃないし、何よりセルフィのクルクルと変わる表情を見ているのは楽しい。
「ごめん、アービン。つい夢中になっちゃった」
 漸くどちらにするか決めて店を出た所で、セルフィはアーヴァインを随分待たせてしまった事に気が付いた。
「気に入ったの見つかって良かったね」
 いえいえ、そんな事ちっとも苦じゃないよ。むしろ気を許してくれてるんだと、自惚れられるからもっとでもいいよ、とすら思う。
「アービンはどこ行きたい?」
「う〜ん、そうだね。あ、あの店なんか改装されてる」
 アーヴァインが指さしたその向こうに、彼がガルバディアに行っている間に店舗改装されたアクセサリーの店が見えた。
「入ってみる?」
「そうだね」
 店に入ると、ほんの少し新しいペンキの匂いがした。改装したての店は明るくて清潔感があって気持ちが良い。古くなってもそれはそれで良い味わいが出てくるものだけど。
 商品にはアクセサリーだけでは無く、雑貨もあって見ているだけでも楽しかった。綺麗な色と形をした鉱石の置物とか、女の子の喜びそうな占いグッズとか、一体何がモチーフなのか分からないオブジェとか。
「セフィ、何か欲しい物あった?」
 セルフィは夢中になって見て回っていて、アーヴァインが直ぐ傍に立っていた事に気が付かずちょっとびっくりした。
「ううん、特に。アービンは?」
「今から会計に行くトコ」
 気に入った物が見つかったのだろう、嬉しそうな顔をして、「行って来るね」とアーヴァインはレジへと向かっていった。




「はふー、美味しかった。次はデザート!」
 男でも十二分に満足する程の量のランチを平らげ、更にデザートを楽しみにする様は、自分よりも随分と華奢なその身体のどこにそんなに入る場所があるんだろうと思わせた。自分もそんなに少食の方ではないが、セルフィの男前な食べっぷりに素直に感心する。そんな事を思っているうちに、デザートのケーキとドリンクが運ばれ、セルフィはそれを喜々として口に運び、今日初めての食事かと見紛うような、実に美味しそうな顔をしている。アーヴァインはその笑顔をデザートにして、冷たいジンジャエールを一口含んだ。
「なに?」
 セルフィは、アーヴァインがさっきからずっとにこにこと自分を見ているのが気になっていた。
「セフィが約束覚えていてくれたのが嬉しいな〜と思って」
 何のことだろうとセルフィは思った。が、何のこと? とストレート訊くのは、流石に失礼だと思って、彼がバラムに帰ってきてから一週間分ばかり過去の記憶を辿ってみた。
 ティンバーマニアックスの方が印象強くて、うっかり通り過ぎかけたけれど、何とか思い出せた。そうだ、SeeD筆記試験に合格したら、バラムの街へ一緒に行こうと約束してたんだった。
 危なかった。
 正直忘れていた、アーヴァインには悪いけど。今日誘ったのはほんの偶然で、一緒に行ってくれそうなのが、丁度アーヴァインしか居なかったとか、とても言えない。
 でも結果的に誘ったのはあたしの方からだし、結果オーライって事で忘れてたのは内緒にしておこう。セルフィは無理矢理都合の良い解釈で決着をつけた。目の前で本当に嬉しそうな表情をしているアーヴァインに、チクリと胸が痛んだけれど。
「この日を合格祝いだと思って試験勉強頑張った甲斐があったよ〜」
「何かそれ、口説いてるみたいにも聞こえるで」
 無邪気な笑顔で、尚もそんな事を言うアーヴァインに対して更に胸は痛み、それを隠すように嫌みを言ってみたりした。
「いや、みたいじゃなくて、そうなんだけど……」
「あたしは、そんな手に引っ掛からんよー、残念でした」
 セルフィの言葉に、アーヴァインは少し眉根を寄せ、瞳は翳りを帯びたのが分かったけれど、女の子には何時もそんな事ばっかり言ってるのだろうと思うと、妙に腹が立った。セルフィは、残りのケーキを勢いよくフォークで突き刺し、口に放り込んだ。が、その固まりはまだ大きくて、喉につっかえ、慌ててオレンジジュースを流し込んだものの、ケホケホとむせてしまった。その様子にアーヴァインは直ぐに席を立ち、セルフィの所に来ると「大丈夫かい」と背中をさすってくれたりする。その行動がまた、何故だかは分からないけど、セルフィの心に波風を立てた。


 ランチをしたお店を出ても何となく気まずかった。セルフィが一方的にそう思っていただけだったけど、アーヴァインもどういう訳か話しかけてこなかった。石畳の緩やかな坂道を歩きながら、セルフィは後ろを歩いているアーヴァインの気配が気になって仕方が無かった。なのに、彼が足を速めて横に並ぼうとすると、更に歩く速度を速めて並んで歩くのを拒んでしまったり。自分でも何でこんな行動を取ってしまうのか分からず、ただ黙々と歩いた。
 ふと視界が開け左上の方に小さな公園が見えた。懐かしい遊具に、思わずその場所まで駆けた。
「うわ、なんか懐かしいね」
 後ろから聞こえた声は、いつもの明るいそれで思わずホッとした。
「せやろ〜」
 セルフィは入り口近くにあったブランコに座り、ちょっと漕いでみた。大きく漕ぐと視界の殆どが海になる。
「子供の頃こうやって、大きく揺れたとこで手を離すと、そのまま飛べるんじゃないかと思ってたんだよねー」
「セフィらしいや」
 隣のブランコに腰を降ろしていたアーヴァインが、ククッと思い出し笑いをしている。
 そう、こういう感じが好き。何でもない事で笑っていられるような。
 ずっとこんな時間が続けばいいのに――。
 多分、自分が男の子か、アーヴァインが女の子だったら、そういられたんだろうなと、綺麗な碧の海を見ながらセルフィはぼんやりと思った。何時までもこんな風にはいられないという事は漠然と思っている。子供だったアーヴァインが知らない間に青年になっていたように。時が過ぎて。いつかお互い彼氏とか彼女が出来て、そうしたらもうこんな風に過ごす事も無くなるだろう。
 酷く淋しい気持ちがセルフィの中を流れていった。
 そんな時が来たとしても、大事な仲間である事に変わりはない、アーヴァインを仲間として好きな事も変わらないと思う。ラグナ様だって今でも大好きだ。
「セフィ、気分でも悪い?」
「え? そんな事ないよ、なんで?」
 そんなに暗い顔をしていたのだろうかと驚いた。
「ん〜 なんかそんな気がしただけ、違ったんならいいんだ」
 相変わらず、アーヴァインは優しい。いつかこの優しさを独占出来るであろう女性(ひと)を、セルフィは羨ましく思った。


「ね、セフィこういうの好き?」
 アーヴァインは、さっき買った物を紙袋から取り出し、セルフィに見せた。
「うん好きだよ〜」
「じゃ、好きな方あげる」
「いいの?」
「試験勉強に付き合ってくれたお礼」
 アーヴァインの手の平には、二つの携帯ストラップが乗っていた。クローム加工のされたシルバーに小さなラピスラズリが使用されている。先端のモチーフが一枚の葉と一枚の羽の違いでよく似たデザイン。セルフィは暫く考えて、羽の方を選んだ。
「ありがとう、今度実地試験に合格したら、あたしからもちゃんとしたお祝いあげるね。って実地は免除だっけ?」
 SeeD試験は通常、筆記と実地の二つに合格しなければ資格を得る事は出来なかったが、アーヴァインは、既に実戦経験も豊富だったし、魔女アルティミシア討伐での功労もあったので、実地は免除でも何ら不思議では無かった。むしろ当然免除だろうと、周りの者は思っていた。
「う〜ん、受けようかと思うんだよね、実地試験」
「なんで〜?」
「ケジメつけたいなーとか」
 意外だった。てっきり、アーヴァインも免除申請をするつもりだと思っていた。結構漢らしい所もあるんだと、ちょっと感心した。
「でも、もしそれで落ちたらかなり恥ずかしいな〜とも思ったり」
「それじゃ、やる気を出すために賭けでもする?」
「じゃ 僕合格で」
 弱気な事を言う割には、合格に賭ける辺り自信があるんじゃないか、何だか癪でセルフィは別の提案を思いついた。
「え〜、あたしも合格に賭けようと思ったのに、それじゃ賭けにならへんやん。点数でやろ。満点ならあたしの勝ち、それ以下ならアービンの負け、どう?」
「どうって……」
 流石セフィ、なんて分の悪い賭けを提案してくるのか、逆にそこまでされると絶対満点合格してやるという気になってくる。セルフィに上手く乗せられたかな〜とも思うけれど、条件によっては乗ってみてもいいかなとも思った。
「僕が勝ったら何でも言うこと聞いてくれる、ってのなら乗るよ」
 この提案にセルフィがどう出るか、半ばワクワクしながらアーヴァインは訊いた。暫くう〜んと考え込んでいたけれど、明るく笑って「のった!」とセルフィは答えた。これは自分の頑張り次第で、今度こそ飛躍的発展を望めるかも知れない。そう思うと、目頭が熱くなるのをアーヴァインは感じた。まだ合格出来るかどうか分からないのに……。


「バイクって良いね、風が気持ち良くって」
 セルフィは今まで殆どバイクには乗った事が無かったけれど、今日は天気が良いせいか本当に気持ちが良かった。
「会話がしづらいのが難点だけどね、僕も好きだよバイク」
 二人で乗ると身体が密着して、そういう意味でも好きだというのは、セルフィには内緒で。それでもセルフィが喜んでくれたのが、アーヴァイン本当に嬉しかった。
 今日はバイクを選んで良かった。あの退屈で堪らなかったガルバディアでの日々の中、取った免許が無駄にならなくて良かった。
「それじゃ出発するよ、セフィ。ちゃんと掴まっててよー」
「オッケー、アービン。出発ーー!!」
 言われた通り、セルフィはバイクから落ちないようにアーヴァインの腰に両腕を回して、ぎゅっとしがみついた。
 風と共に流れて行く景色。車で見るのとは全然違うような気がする。乗り物はどれも好きだけど、バイクはまた格別かも知れない。アーヴァインに彼女が出来たら、今度は自分もバイクの免許を取ってみようか。
 何処までも続くバラムの蒼い空と海を見ながら、大切な幼馴染みの背中に身体を預けセルフィは思った。


バイクに二人乗り。アーヴァイン色んな意味でウハウハ!
この二人は、Tシャツとジーンズとシルバーアクセとバイクが似合うカポー希望!
(2007.09.13)

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