終わりと始まりと

「セルフィ!」

「分かってる! フルケア!」

「まだ倒れねーのかよっ!」

「しつこい女は嫌われるって事知らないのかしら!」

「スコール避けて! インビジブルムーン」

「これで最後に…」

 白く輝く刀身と共に、スコールが身体ごと渾身の力で敵を斬りつけ、閃光を放ちながら跳躍し、更に両断するように斬り上げる。
 崩れるように地に降り立ったスコールも、キスティスも、ゼルも、リノアも、アーヴァインも、セルフィも、身体の至る所に傷を負い、肩で大きく息をしながら、気力を振り絞り、やっと立っている状態だった。頭は次の攻撃に備えろと指令をするけれど、身体は酷く緩慢な動きしかしてくれなくなっている。このまま次の攻撃受ければ命が危うい、誰もがそう思った時、スコールに斬りつけられた魔女が、ガクリと片膝をつき睨めるような視線と共に、地の底から響くようなおぞましい呻き声を発したかと思うと、ドサリとその場に崩れた。
 仲間達は微動だにせずに、くずおれた魔女の方をじっと見据えた。



 死んだのか?! それとも――――。



 一瞬とも永遠とも思える時の中、魔女アルティミシアの躯は、少しずつゆっくりと砂塵と化していった。遠く未来の世から時間を渡り、イデアを、リノアを、己の欲望の赴くままに操り利用し、この世界を、人々を、破滅へと導き落とそうとした魔女。その、最後の衣の一欠片が塵となった様を見て、安堵したように誰かがその場に倒れ込むのが分かった。
 永く、辛く、険しく、心にも身体にも傷を受けながら、それでも諦める事無く、多くの思いと共に皆で辿り着いたこの場所で、やっと終焉が訪れた。
 微かに「さあ 帰ろう。あの場所へ」という声が頭の中で聞こえた。




 暗闇? いや視界にはぼんやりと何かが映っている。
 様々に形を変える黒い雲の直中にいるような――――。漂っているのか、地に足をつけて立っているのか、上も下も左も右もまるで判らない。今どうなってるのか確かめる為、意識を集中しようとしても出来ない。“自分”を認識するだけがやっとだ。けれど、それすら気を緩めると消えてしまいそうな不安感。じっと待ってみても、何の変化も感じられない。動こうと試みても何の感覚も得ることが出来ない。このまま、圧縮された時間の渦に飲み込まれてしまう恐怖、既に身体の端から消えていっているのではないか……。どうする事も出来ない今が永遠に続くなら、いっそこのまま――。意識を手放そうとする自分に、もう一人の自分が何かを投げかけた。
―― 飲まれるな、思い出せ! ――
 僅かに残った気力がピクリと呼応した。余計な事は一切考えず、途切れてしまいそうな意識を必至で繋ぎ止める。自分は何者か、何をしているのか、どうしたいのか、どこに行きたいのか。ひたすらに、ただひたすらに ――。



「セフィ!」



 ほんの一瞬、ある人影が通り過ぎた。
 知っている、“彼女”を知っている。
 会いたい、堪らなく会いたい。
 彼女はどこに?! 探さなければ。
 走って会いに行くんだ!






「帰りたい、帰りたい、必ず帰るんだ。大切な人の居るあの世界へ」
 身体を丸め、必至に只それだけを強く強く願う。

―― 大切な人? ――

「うん、大切な人達。だから帰るのあの懐かしい場所へ」

―― そこには誰がいるの? ――

「とっても大切な人」

―― それは誰? ――

 え…と、額に傷のある人、金髪の綺麗な人、黒髪の可愛い人、頬に入れ墨をしている人、黒い帽子を被っている人……。
 幾人かの輪郭が浮かび、そして消えていく。

「ぼんやりとしか思い出せないよ!」

―― 強く想って! 思い出したいと ――

 その声に言われるままに再び強く念じる。ぼんやりと浮かんだ幾人かの内の一人の姿が、ゆっくりとゆっくりと、深い海底から光差す水面に上がって来るようにはっきりとしてくる。

「思い出した! あの人言ってた『絶対ここで会おうね』って!!」
 そう思った瞬間、眩い光と共に視界が開けた。目の前に、戸惑い何かを探している人の後ろ姿が現れる。
「アーヴァイン! こっちだよ」
 思わず声に出して呼ぶ。その人は驚いた表情で振り向き、そして顔を綻ばせた。
「セフィ、良かった、会えて」
「帰ろう、アーヴァイン。みんなの所へ」
 セルフィは微笑みながらアーヴァインに手を差し出す。
「うん、帰ろう」
 アーヴァインは差し出された手を取り、彼女と共に歩き出す。
 一歩踏み出す毎に、少しずつ知っている景色が姿を現わし流れていく。幾本も交叉する透明なチューブの通路と、不思議な色に輝く無数の建造物。宇宙(そら)に浮かぶ月。真白に染まった大地。砂漠とその向こうの大きな夜の街。乳白色の輪を頂く懐かしい薄蒼。海の中にぽっかりと浮かぶ人工の島。赤い乾いた土と、ごつごつした大小の岩だらけの道。崩れた白い石造りの家、その横に広がる花畑――。


―― 帰ってきた ――


 帰って来たい場所は確かにそこだった。
 辺り一面の緑の野に咲く色とりどりの花々。吹き抜ける風の匂い。舞い上がる花びら。
「アービン、帰ってこれた――――え?!」
 いつの間にかセルフィは、アーヴァインに抱き締められていた。少し驚きはしたものの、嫌な感じなどしなかった。
 もしかしたら、ここへ帰る事は叶わなかったかも知れなかった。命を落としたとしても何ら不思議はなかった。こうして、此処に居るという事がどれ程の意味を持つのか。今、自分以外の温もりを直に感じて、セルフィは漸く生きているという事を実感した。そして、懐かしい薫りに包まれているようで、どこか安心する。アーヴァインのコートをぎゅっと握り、その温かさに身を委ねた。
『アービン、昔はあたしより背が低かったのに。いつの間にこんな大きく、強くなったんだろう……』
 セルフィはゆっくりと、アーヴァインの顔を見上げた。アーヴァインは少し俯き瞳を閉じていた。その顔に懐かしい面影がゆらりと重なっていく。
『やっぱり、あのアービンなんだ』
 波の音が聞こえる。目を閉じると、幼い頃浜辺で遊んだ光景が蘇る。優しく暖かい記憶。これからはあんな風に、優しい日々を送る事が出来るんだ。そうしてもいいんだ。
 風がふわりとセルフィの頬を撫でていった。
「セフィ、キスティスとゼルがいたよ!」
 アーヴァインの声にパッと目を開けると、すこし離れた所によく知っている二つの人影が見える。セルフィは二人に向かって大きく手を振った。
「アービン、いこっ! はんちょとリノアも見つけなきゃ」
 セルフィは溢れるような笑顔で、アーヴァインの手を引っ張り駆け出す。アーヴァインは、帽子を押さえながら、セルフィの手を離さないように走った。



 一つの終焉は、新たな始まりへ――――。


アルティミシア戦直後EDの前の話です。
セルフィにとって、アーヴァインは暖かくて安心出来る場所、きっとそうに違いない。
(2007.09.06)

← Fanfiction Menu