大切なもの、大切な世界

 凍った土。細く痩せた枝の木々。真新しい墓の列。白い靄が薄く濃く辺りを漂う。
 その墓標の一つの前に、うずくまるように膝を付いている、栗色の髪の少女。
 ここからでは遠くて表情までは見えない。時折頬を撫でるように手を動かしているのが分かる。少女も自分もどれくらい同じ場所にいるのか分からない程に、北の大地の冷気は感覚を狂わせた。分かっているのは、泣いているのかも知れない少女に何もしてあげることが出来ず、ただこの場所から見守ることしか出来ないということ。少女は人前で泣くことをしない。それを自分は知ってしまった。
 けして君の所為ではないと、自分を責めてはいけないと、出来うる限りの言葉を尽くして伝えたい。
 だが、自分にとって少女は特別な存在でも、少女にとって自分はただの仲間に過ぎない。
 大切な仲間だと思ってくれていることは判っている。判ってはいるが、自分はそれ以上を望んでいる、気の遠くなるような程ずっと前から。
 哀しみに暮れる少女を目の当たりにしている今でも、そのことを常に心のどこかで考えている自分に、嫌悪を覚える。

 やがて、少女が立ち上がる姿が見えた。ゆっくりとこちらの方に向かって歩いて来る。少女はきっとすぐに自分の姿を見つけるだろう、そして笑う。
 その前に――。
「セルフィ、ここにいたのかい」
 今、ここを通りかかった風を装って少女に話しかける。
「うん、友達のお墓参り」
 セルフィは、涙の跡を隠すでもなく、少し声を張ってそう言った。
「そっか…、邪魔しちゃったかな」
「ううん、もう戻ろうと思ったとこだよ」
 笑顔こそないものの、元気そうに振る舞う姿に、アーヴァインの胸の奥がチリリと痛む。
「寒いとこに長い間いたから、手が冷たくなっちゃった」
「手、出してセルフィ、ずっとポケットに入れてたから僕の手暖かいよ」
 はぁはぁと、自分の息で手を温めようとしているセルフィに、アーヴァインは両手を差し出した。
「わ、ほんとだ暖かい〜。アーヴァインありがとう〜」
 素直にアーヴァインの手を握り、トラビアガーデンを訪れて初めてセルフィは笑顔を見せた。
「セルフィ」
「ん〜 何?」
 アーヴァインの手の中で、手の平と甲を交互に温めながらセルフィは返事をした。
「トラビアガーデンのこと、けしてセルフィの所為じゃないよ、自分を責めちゃダメだよ」
 アーヴァインはゆっくりと一語一語噛みしめるように告げた。セルフィは少しだけ驚いたような顔をしてアーヴァインを見上げ、静かに微笑んだ。
「ありがとうアーヴァイン、優しいんだね。あ、でも女の子みんなに優しいんだよね」
 その言葉に虚を突かれた。セルフィの笑顔程、自分にとって嬉しいものはない。が、笑顔と共に向けられた言葉は、セルフィが自分のことをどう思っているのか如実に表していた。アーヴァインは、ついつい女の子に愛想良くしてきた自分を、今ほど後悔したことはなかった。
「今はそうでもないんだよ、これでも好きな女の子には一途なんだからね」
 苦笑いしながらも、アーヴァインは正直な今の気持ちを言う。
「そうなんだ〜 誰なの? あたしの知ってる人? 知ってる人なら、力になるよ」
 セルフィは興味津々といった顔で、アーヴァインの手をぎゅっと握りながら訊いてきた。
「え…っと、それは…きみ…」
「あ、ごめん。あたし程度の仲間にそんな大事なこと言えないよね。なんかつい調子に乗っちゃって。ごめんね、アーヴァイン」
 アーヴァインの最後の言葉は完全にセルフィの声が被さり、肝心な部分は、彼女の耳には届かなかった。
 アーヴァインも改めて、告白をしようとは思わなかった。
 ミサイルの直撃を受け、多くの命が犠牲となり、建物も大破して間もないトラビアガーデン。その惨状を見てきたばかりの今、私欲に走るのはどうしても躊躇われた。

 そして、ここの生徒だったセルフィの心の傷も気になるが、もう一つ大事なことがあった。
 今まで自分だけが知り得、ずっと仲間には告げられずにいた事柄が――。
 今共に戦っている仲間達は、幼い頃同じ孤児院にいたこと。
 この悲劇を引き起こした張本人は、その孤児院で自分達が母とも慕ったママ先生であること。
 そして、自分達の使命を果たすということは、その人を葬り去るということ。
 G.F.を使用する事の副作用であろう、子供の頃のことを憶えていない仲間達とここまで行動を共にしながら、ずっと考えていた。魔女イデアがママ先生だと告げれば、皆の心は少なからず動揺するだろう。いくら今のイデアの所業を知っていても、直接姿を見てしまえば、かつての自分と同じように躊躇うこととてあるだろう。戦いに於いて躊躇うということは、自らの死に直結する。そんな危険を冒すくらいなら、過去の関係など知らずただの魔女として対峙し、使命を全うした方が皆にとっては幸せなのではないだろうか。

 ―――― だが、彼らはSeeDだ。

 知らずに戦うことを望むだろうか。自らSeeDとして戦いに身を投ずる者ならば、この先そんな弱い精神(こころ)では務まらないのではないか? 戦う相手が誰なのか、きちんと告げるべきではないのか?
 ずっと心の奥でどうすればいのか、思い巡らせてきた。
 今日トラビアガーデンの無惨な姿を見て、ようやく決心がついた。あれはもう優しかったママ先生ではない。感情のない非道な魔女だ。
 やはり知るべきだ。
 そして、それを乗り越える強さを得てこそ、打ち勝てる相手なのではないか。

「アーヴァイン?」
 再び手をぎゅっと握り、セルフィが下から見上げるように問いかけてきた。
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」
「好きな女の子のこと?」
「違うよ〜、同じくらい大事なこと」
 こうして手を触れる程の所にいるセルフィへの想いを押し殺して、アーヴァインは言った。
「大事なこと?」
「うん、とっても、みんなにとって大事なこと。これからそれをみんなに言おうと思うんだ」
「それって、ミサイルとか魔女とかに関係あること?」
 さっきとは打って変わって厳しい表情で問いかけるセルフィに、アーヴァインは黙って頷いた。
「分かった、みんなとガーデンの奥にあるバスケットコートで待ってて。あたしちょっと用事済ませて行くから」
「了解、じゃ皆と先に行ってるよ」
 そうアーヴァインが答えるとセルフィは、ガーデンの奥へ向かって走って行ってしまった。アーヴァインは、セルフィの温もりが残る自分の手をぎゅっと握り、顔を上げてテンガロンハットを被り直すと、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 セルフィに教えられたバスケットコートを目指しながら、アーヴァインはトラビアガーデンの生徒や教師と幾度か会話を交わした。そのうちの殆どの人が悲劇に嘆くより、より良い明日を目指して頑張っている姿に驚いた。逆に「兄ちゃんも頑張りや〜」と励まされてしまったりもした。
 セルフィの前向きな性格は、紛れもなくこの土壌で培われたものだと感じた。ガルバディアガーデンにいた頃の鬱々とした自分を思い出して恥じ入る。この地の人々のバイタリティと力強さを羨ましく思うと同時に、自分もそうありたいと強く思った。
『セフィの強さ、トラビアの人々の強さ、僕も見習うよ』

 バスケットコートに辿り着くと、程なくしてセルフィもやって来、仲間は全員揃った。アーヴァインは静かにとつとつと今まで言えずにいたことを皆に語った。

 仲間達の反応は三者三様だった。驚いたのは皆同じだったが、受け止め方はそれぞれ違う。黙って考え込む者、ある程度の覚悟をしていた者、ただただ混乱する者。
 それでも皆から「知ることが出来て良かった」という言葉が聞けた時、アーヴァインの心はそれまでとは比べものにならないくらい軽くなった。
「さぁ 行こうか。この先どんなことが待っていたしても、やらなければならないことだけは、はっきりした」
 スコールの言葉に仲間達は顔を上げ頷き、ゆっくりと歩き出す。
 アーヴァインの横を通り過ぎる時、
「お前のこと見直したぜ」
 と言ったゼルの言葉に、「今頃かい?」と笑いながら返した。
 キスティスは、
「ありがとう、もやもやしていた気持ちが吹っ切れたわ。あ、セルフィ彼氏いないわよ」
 と、ウィンクをしてくれた。
 リノアは、
「これから先の事を考えるとつらいと思うけど、皆がこうしてまた会えて良かったね」
 と、優しく肩を叩いてくれた。
「話してくれてありがとう、アーヴァイン。あたし思い出したよ、お別れの日カードくれたよね」
 そう言ったセルフィの言葉に、胸が熱くなった。抱き締めて「僕はずっと憶えていたよ」と告げそうになるのを必至に耐え、ありがとうの代わりに微笑みを返す。
「僕らも行こうか、セルフィ」
 先に行った仲間達の姿を目で追いかけながら、アーヴァインは言った。
「セフィでいいよ〜、大事な幼馴染みだもん」
 にこにこと笑いながら言うセルフィの貌に心臓が跳ねた。特別な、自分だけのその呼び名、再びその名を口に出来る日が来ようとは――。
 一つ呼吸し、ごくりと唾を飲み込み、
「じゃ、僕もアービンでいいよ〜」
 と高鳴る鼓動を抑え、笑顔と共に返した。
「アービン、アービン、こっちの方が言いやすいね〜」
 くるんと振り返り、少し身体を曲げて下から見上げながら言うセルフィの姿は、凶悪とも言える程に可愛いらしくて、危うく理性が吹っ飛びそうになった。

 時に前向きとは言えない理由で、時に少ない選択肢の中から最善と思えるものを、自分の意志で選び、歩んで来た道。
 迷いながら進んできた道ではあるけれど、得難い仲間を得る事が出来、最愛の少女と再会することが出来た。これから自分達が進む道は、途方もなく辛く厳しいだろう。だが、この先は一人ではない、皆と共に行くことが出来る。
 そして、例えこの先自分の命が危機に晒されようとも、彼女と彼女の笑顔だけは何があっても守りたいと、ガーデン入り口で鋭い目を光らせる守り人のようなガーゴイルの像にアーヴァインは誓った。


ゲーム中トラビアガーデンを訪れた時の、アーヴァインの心情を追ってみました。
様々な経験を経て、ゆっくりと良い男になっていけ、アービン!
(2007.09.05)

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