幸せなのはどちらか

前編
「ねぇ、セフィ今度の週末は予定入ってる?」
 ランチのハンバーガーを頬張りながらアーヴァインが問う。
 天気が良いので久し振りに、中庭の木陰で二人でランチを摂っていた。
 今日の日差しは夏にしては幾分優しく、時折吹いてくる風が心地良い。
「土曜日はデスクワークだけど、日曜と月曜はオフだよ〜」
 フルーツジュースを飲みながらセルフィが答える。
「じゃ、日曜の夜食事に行かない? バラムの街で、どう?」
「あ、ごめん。日曜はリノアとキスティスとバラムへショッピングに行く約束だった〜 帰りが何時になるか分からないからちょっと無理かな〜」
 フォークでミニトマトを刺そうとしてして逃げられ、指でちょいとつまみながらセルフィは言った。
「そうか〜 残念」
 女の子同士のショッピングならば、確かに帰りの時間は何時になるか分からないだろう。ましてや、その三人のオフが重なるのも頻繁にある事ではないし。ここは残念だけど諦めるしかないなーとアーヴァインは思った。
「そう言えば、この前折角のアービンの手料理食べ損ねちゃって残念〜」
「あの時はセフィ体調悪かったし、仕方ないよ。また今度ね」
「今度かー、『今度』っていつになるかな……」
 実に淋しそうに、膝を抱えて俯くセルフィ。
「じゃ、日曜の夕食僕んトコ食べに来る?」
 淋しいのはセルフィだけではなく、自分も同様だったのでアーヴァインはついそう言ってしまった。
「やたっ!」
 パッと顔を上げ、グーを握った腕を高く伸ばして、嬉しそうなセルフィ。
「セフィ、ハメたね」
「えへへーー」
 悪戯っぽく笑うセルフィを見ながら、いつもこうやって彼女のペースにはめられてしまうなーと思うけれど、けして嫌では無かった。むしろセルフィに激甘なアーヴァインは結構嬉しかったりする。彼女がこういう甘え方をするのは自分だけだという事を知っているから。
「夕方にはガーデンに帰るよん」
「無理しないで楽しんでおいでよ」
「うん」
 食べ終えたランチの後片付けをしながら、セルフィは頷いた。
「それじゃ、あたしそろそろ行くね」
「あ、ちょっと待って」
 そう言って立ち上がろうとするセルフィの腕をアーヴァインの手が止めた。不意のことでセルフィはバランスを崩して、アーヴァインの方に膝をつくようにして倒れ込む。その身体を難なく受け止めて、セルフィの頬を両の手で優しく包むと、キスを試みた。が、アーヴァインのそれより早くセルフィがふわりと動き、キスをされた。アーヴァインの頬に。柔らかい唇が頬に当たるのをアーヴァインが認識したのとほぼ同時にセルフィは立ち上がり、軽く微笑んで手を振り建物の中へと走って行ってしまった。
『適わないな、セフィには――』
 僅かに自嘲し、セルフィの姿が見えなくなるとごろんと芝生に寝転がり、被っていたテンガロンハットを顔の上に置き、休憩終了までの時間少し眠る事にした。



※-※-※



 仄かに潮風の匂いを含んだ風がさわりと石畳の通りを吹き抜けてゆく。
 バラムの街は、今日も青く澄んだ空と海を映したような美しい姿で、訪れる者を迎えてくれた。
「お腹空いたねー、お昼にしようよ」
 太陽の光を受けた漆黒の髪と瞳をキラキラさせて、二人の連れに向かってリノアが言った。
「そうね、もうお店も空く時間ね」
 今日は、豪奢な金の髪を長く垂らしているキスティス。
「あたしバラムフィッシュが食べたーい」
 美味しいとの噂を聞いてから、まだ食べる機会に恵まれていなかったので、セルフィは今日は是非とも食べてみたいと思っていた。
「じゃ決まりねー」
「そこの角のお店はどうかしら、新しく出来たみたいよ」
「「おおー!!」」
 新しい物好きのセルフィとリノアは口を揃えて、キスティスの観察力の高さに感心した。二人は、次から次へと視界に入った手近のショップのウィンドウを楽しんでいたので、通りの先の方にはどんなお店があるのかなど全く見ていなかった。

 白いガラスのドアを押して開けると、チリリンとドアベルが涼やかな音を鳴らした。明るい店内は大きめの観葉植物が所々に置いてあり、テーブル同士の間隔は広めに取ってあった。女の子同士の会話も気兼ねなく出来そうだ。三人は更に奥のドアから外に出たテラスの席を選んだ。目の前には太陽の光を反射して輝き光る美しいバラムの海が見える。大きなパラソルが優しく夏の強い日差しを遮ってくれ、時折吹く風が涼しさを運んでくれる。採れたての食材で作られた美味しいシーフード料理。それらは三人の胃と目と心を十分に楽しませてくれた。食後のデザートと飲み物を楽しみながら、さっきまで見て回ったショップの話に花を咲かせる。可愛らしい小物、新作のコスメ、華やかな洋服や可憐な下着、コアな工具の店(これは主にセルフィのみ)、そして素敵な男性店員の居た店。話題は尽きること無く次から次へと溢れ、時に変な方向へ脱線しつつ、瞬く間に時は過ぎていった。
「楽しいよねー、こういう時間って」
 リノアが大きく伸びをしながら言った。
 彼女は“魔女”の力を引き継いでしまった。自分の意志とは関係なく。世界の多くの人々は魔女という存在に畏怖の念を抱いている。過去の魔女、アデルやイデア(正確にはイデアの中に入ったアルティミシアだが)そしてアルティミシア、それらの魔女は人々の命をも危ぶまれるような恐怖の底に突き落とした。いくらそれらの魔女とリノアとは違い、過去には人々に貢献した魔女も存在していたと声を大にして言った所で、多くの良きものより数少ない悪しきものの印象が強く残るのが世の常だ。故にリノアが魔女である事は公には伏せられ、行動もかなり制限を受けている。そんな彼女がこうやって気の置けない仲間と堂々と外で羽を伸ばせる機会はそうある事ではなかった。お忍びは数知れずだったとしても。その仲間二人が、真の意味でのSeeDであったのはリノアにとっても喜ばしい事だった。
 最も当のリノアは、意外と楽天的で今の生活を楽しんでいる印象すら受ける。それはひとえに彼女の恋人であり魔女リノアの騎士でもあるスコールという存在も大きいのだろうと、キスティスとセルフィは思った。
 セルフィはそんな二人の関係を心から応援しており、時に羨ましく思う事もあった。魔女と騎士、守られるべき存在とそれを守る者、主従関係にも似た甘やかな響き。自分とアーヴァインの関係はどちらかと言うと“同志”に近い、戦いの最中自分の背中を預けられる絶対的な信頼のおける同志、それはそれでとても自分達に合っていていると思う、そんな関係が好きだ。けれど、極たまに『もっと違う関係だったら?』と考える事もあった。結局は、今の関係が一番良い! に落ち着くのだけれど。しかも、どっちかって言うとアーヴァインが魔女で、自分が騎士の方がしっくりするよね〜、などとアーヴァインが聞いたらへこむ事間違いなしの設定で。
シド学園長とまま先生は、お互いどう思っていたのだろう、今度機会があったら訊いてみようとセルフィは思った。

「こうやって海を眺めていると、イデアの家を思い出すわね」
 キスティスが遙か遠くを懐かしむように、光る海が眩しいのか少し目を細めて言った。
「みんなの育った、セントラにある家だよね? 私もあの花畑また行きたいな」
 リノアもキスティスに倣うように遠くを見つめている。
「うん、あたしもまた行きたい、あの家…立て直せないかな。」
 セルフィも頬杖をつきながら、二人と同じ方向を見た。
「それ良いわね、皆で力を合わせれば時間は掛かるかも知れないけど、出来ると思うわよ」
 セルフィの言葉にはじかれたように、明るい声でキスティスが言った。
「キスティスがそう言ってくれると、絶対出来るような気がするね」
 リノアも嬉しそうに二人に向かって言った。
「じゃ早速ガーデンに帰って作戦会議しよー、あたしの部屋でどう〜? 特製タコヤキ振る舞うよー」
 こういう楽しい話題が大好物のセルフィは決断も行動も速攻。
「折角だから、スコールとゼルとアーヴァインも巻き込もうよ!」
 もう事後承諾どころか、男性陣の意志に関わらず強制参加決定の勢いのリノア。
「そうね、皆の育った所ですものね」
 何時もは冷静であまり感情を表す事のないキスティスも今回は乗りがいい。
「そうと決まれば、みんなに連絡〜」
 腰のポーチから携帯電話を取り出し、メールを打とうと試みるセルフィ。
「ちょっと待ってセルフィ、場所はどうするの?」
「え?! あたしの部屋じゃダメ?」
「女の子の部屋に大勢の男女が集まるのはねぇ。男性陣の部屋の方がいいんじゃないかしら」
 キラリと今までとは違う光を瞳に宿して、キスティスは言った。
「大丈夫じゃ……」
 そう言いかけたリノアに向かって、キスティスが目配せをする。リノアも直ぐにその意味を理解したのか「私も、男の子の部屋がいいと思うー」と言い直した。
「そっかー」
 そのやり取りに全く気が付いていないセルフィは、二人の言葉を素直に受け取った。
「ゼルの部屋は人が入るスペースが少なそうだし、スコールも自室を使うのは余り好きじゃないし、アーヴァインの部屋はどうかな?」
「うん、訊いてみるねー」
 見事なまでのリノアとキスティスの連携プレーに何の疑いも持たず、屈託のない笑顔でセルフィは答え、アーヴァインにメールを打った。
 それはほんの偶然“今”だからこそ気が付いた、二人からのささやかなプレゼント。


「アービン、オッケーだって」
「そう良かったわ、じゃ私はゼルに訊いてみるわ。リノアはスコールにお願いね」
「らじゃ!」
 程なくして、スコールとゼルからもオッケーの返事が返って来た。
「そうと決まればガーデンにもどろー」
「私買い忘れた物があるからちょっと買ってくるわね。リノアとセルフィは先に車で待ってて」
 会計を済ませ、店のドアを出た所でキスティスがそう言った。
「あ、私も頼んでいい?」
 そう言ったリノアが、先に歩き出したキスティスに駆け寄り、言葉を交わしている間、セルフィは店の入り口に置いてあった白い可憐な花に止まっているテントウムシの動く様をじ〜っと観察して、二人の会話が終わるのを待っていた。
「お待たせセルフィ、いこっ」
 直ぐにリノアはセルフィの所に戻り、二人で駐車場まで談笑しながら歩いた。
 キスティスも10分程で戻って来、三人はまたショップの話やらお洒落の話やらを楽しみながら、夕日に赤く染まる海を背に、ガーデンへの帰途に就いた。