アービンわんこ

「わぅん わん わんわんわ〜ん」
「アービン、大人しく遊んでてってば」
 セルフィは横からまとわりついてくるアーヴァインを窘めた。
 そうすると、アーヴァインはシッポと耳を下げ「くぅん」と小さく啼いて、すごすごとセルフィの後ろにあるソファの所まで行き、ポスッと座った。
『やっと静かになった……ほんっとにもう』
 セルフィは少しばかりイライラしていた。
 自室に仕事を持ち込まなければいけない程に忙しくて、今やっている書類をさっさと仕上げてスコールの所まで提出しなければならない。でないと、あのスコールの冷徹なる一撃ならぬ一瞥をお見舞いされてしまう。
 あれは怖い、本当に怖い。そのうち進化して、きっと目ビームでモンスターを倒せるようになるんだとセルフィは思っていた。
 そんな切羽詰まった状況などお構いなしに、アーヴァインは嬉しそ〜うに薄茶色の耳とシッポをぶんぶん振りながら、セルフィの部屋にやって来たかと思うと、遊んでくれとまとわりついてきた。
 最初は、大人しくしていたのだ、アレでも気を遣って。だが、元々そんなに我慢強い方ではないので、ついセルフィに構って欲しくて、ちょっかいを出しても無視されて、それが段々エスカレートして、さっきついにセルフィがプチッと逝ってしまった所だった。
 だから、アーヴァインは今度やったら、絶対この部屋を追い出されると思い、決死の覚悟でセルフィの邪魔にならないようにソファに座った。

 だが――――。
 生まれ持った性格とは恐ろしいもので、どうにも構って欲しくて、耳がピクピクしていけない。シッポも知らない間に、パタンパタンとソファを叩いていた。
 それでもアーヴァインはセルフィが机に向かっている後ろ姿を眺めつつ、必死で大人しくしていようと我慢していた。
 そのうち、あまりにもセルフィを凝視していたので、目が干からびそうになってきた。これでは、目がカラカラになってしまう。仕方がない、これだけは嫌だったけれど、眠って待つ方法しかもう残っていない。
 アーヴァインは、ゆっくりと目を閉じた。
 うとうとし始めた頃、セルフィが動く気配がした。もしや仕事が終わったのかと、やっと自分を構ってくれるのかと片耳をピンッと立てて、アーヴァインはセルフィがこちらにやって来る音に聞き入ったが、期待むなしくセルフィの足音は逆に遠ざかって行った。
 がっくりとなったアーヴァインは、頭をソファに押しつけて、本格的にに眠ることにした。



「アービン、ほら、これあげる」
 アーヴァインがのろ〜っと片目を開けると、セルフィがジュースを持ってきてくれていた。
「…ぅ…わん」
「あ、今日はこれじゃないんだ。じゃ、こっちのりんごの方がいい?」
 たった一言からその意志を汲み取ったセルフィは、オレンジを下げて反対の手に持っていた、りんごの方をアーヴァインの前に持って行った。そうすると、アーヴァインは身体を起こし、りんごのジュースを受け取った。
「もうちょっとで終わるから、いいこで待っててな」
 そう言って、にこっと笑顔を向けられると、アーヴァインはぱあぁ〜と嬉しくなった。いつも、ど〜んな時でも、セルフィの笑顔一つでアーヴァインは幸せになれた。
 アーヴァインはパタパタとシッポを振って、また机に向かったセルフィを見送った。


 セルフィはもう少しで仕事が終わると言った。
 あれからどれ位時間が経ったのか。

 アーヴァインがジュースを飲み終えても、近くにあったひつじのぬいぐるみを抱えて1000まで数を数えてみても、セルフィはアーヴァインの方を振り向いてはくれなかった。
 そうしているうちに、アーヴァインは本格的に眠くなってきた。でも、きっともう終わるはず。そう思うと寝てしまう訳にはいかない。アーヴァインは必死で瞼を持ち上げて頑張ったが、とうとう大きな身体がグラッと揺れたかと思うと、パタンとソファに倒れた時にはもう夢の中だった。





『なんか、静かやな……』
 セルフィは、大人しくしているのが苦手なはずのアーヴァインがとても静かなのが気になって後ろを振り向いた。
 そこには、気持ちよさそうに眠っている大きなわんこがいた。
「あ〜ぁ 寝ちゃったんだ、……可愛い顔して」
 セルフィはアーヴァインの寝顔が好きだった。目を閉じていてもキレイな顔をしていて、じっと眺めるのが好きだった。眠っている間は、本人にバレないから、飽きるまで見るのが癖になっていた。
「よし、もう少し、がんばろ」
 セルフィはその寝顔を間近で見たくて、仕事を早く終わらせようと再び机に向かった。




 部屋に差し込む光が、濃い黄色を帯びて来た頃、セルフィの仕事がやっと終わった。
「さて」
 ぐ〜んと伸びをして、足で床をトンと蹴ると、椅子がくるんと回転した。そして後ろに向いたそこには、まだアーヴァインがすやすやと眠っていた。
 セルフィは彼を起こさないように、静かに近寄る。
「んふふ よく眠ってる、可愛いな〜」
 セルフィは自分よりも大きなアーヴァインを時々可愛いと思うことがあった。大きいとは言っても、年が離れている訳ではないから、いいのかも知れないけど、何となく大男に可愛いという表現はどうなんだろうな〜と思い、クスっと笑った。
「まだ起きないかな〜」
 あれほど構って欲しげにしていたはずのアーヴァインが、今度は何の反応も示さなくなってしまった。
 今度はセルフィがつまらなくなった。
「アービン」
 起きてくれるかなと、名前を呼んでみたが、上になっている方の耳がほんの少し動いただけで、アーヴァインは起きてくれなかった。
「ん〜 キスでもしたら起きるかな」
 セルフィはどうせ寝てるんだしと、今のアイディアを実行に移した。

「…んっ」
 重ねた唇から、微かな声が漏れた。
 セルフィはアーヴァインの目が覚めたと思って、アーヴァインが目を開ける前に唇を離した。
「ん〜 セフィ、仕事終わった?」
 アーヴァインは目を擦りながら、ぼや〜っとした顔でセルフィに問いかけた。
「うん、終わったよ。お待たせアービン」
 セルフィがそう言うと、アーヴァインは見る間に嬉しそうな笑顔になった。
「セフィ、キスした?」
「う……うん、した」
「よく分かんなかったから、も一回して」
 また目を擦りながらそんなことを言うアーヴァインを見て、セルフィはまだ寝ぼけているんだと思った。
 その仕草が妙に可愛くて、セルフィは素直にアーヴァインのお願いに応えた。



「んーーっ んんーっ っわ……ぅん……ん」
 アーヴァインはキスして来たセルフィを離さないように、ぎゅっと抱き締めた。
 そんなこと予想もしていなかったセルフィは、離してくれとジタバタと藻掻いた。



「セフィの方がわんこみたい」

 漸く解放すると、涙目で睨んできたセルフィに、アーヴァインは嬉しそうにシッポをパタパタと振ってそう言った。
「アービンなんかもう知らん!」
 夕日に照らされてか真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向いたセルフィは、それでもアーヴァインに握られた手を振り解くようなことはしなかった。

2008.10.02〜
いっそこの後、イタダキマスしてしまえアービンわんこ。
※管理人のシュミにより、アーヴァインはわんこ耳とわんこシッポを装備していますが、他は無変化です。
セルフィは普通に人間です。
シリーズ化しそうな程萌える!

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アービンわんこ 2

『む゛む゛む゛……』
 今日の僕はちゃんと空気を読んで、ちゃんと大人しくしています。
 ソファの上できちんと足を揃えて行儀良く座って、セフィの気が散らないように、動かず声も出さず、本当に大人し〜く。でないと今日こそ確実に出入り禁止を喰らうから。

 というのも、この前セフィにチューしてもらったのが嬉しくて、思わず押したお……。その後ものすごく叱られた。
「こんな明るいのに、アービンなんかキライ!」
 って、真っ赤な顔して涙を浮かべた瞳で言われた。僕が悪かったのはもう言い訳のしようがなかったんだけど、それでもセフィの言葉はとても胸が痛くて、本当に嫌われたと思って、僕も泣きそうになった。
 その後一生懸命セフィの言うこと聞いて。例えば呼ばれたら5秒以内に駆けつけるとか、そんなの。食後のデザート提供は基本中の基本ね。そしてなんとかセフィの部屋出入り禁止は免れた。
 けど、今日は「言うこと聞かなかったら、即放り出す」と先に釘を刺されたので、セフィのジャマにならないよう、本当に、必死に頑張ってます。
 セフィの仕事が終わったら遊んでくれる。それだけを夢見て頑張ってます。
 ずっと同じ姿勢でいるせいか、身体がピキーンって引きつってしんどいけど、そんなの我慢我慢。もうちょっとしたらセフィと!


 セフィが高く腕を上げて伸びをした。仕事が終わったのかな。
「アービン、お待たせ〜」
 イスに座ったままくるんと振り返った笑顔がめちゃめちゃカワイイです。僕のセフィはほんっと可愛いです!
「アービンおやつ食べよう」
「……う゛…わ゛………」
 返事をしようと思ったのに何故か声が出ない。
「アービンこっちおいで〜」
「……わ゛…………」
 セフィは立ち上がってキッチンへ向かいながら、僕を呼んでくれているのに、何故か身体が動かない。
 もしかして同じ姿勢でいすぎて固まっちゃった!?
 どうしたらいいのコレ……。セフィに訴えたくても、声も出やしない。
「アービン、こないの〜」
 セフィが呼んでくれてるのにぃ〜。
「もう、アービン、なんで今日は動かないかな〜」
 セフィの声、ちょっとムッとしてるよ! ごめん、セフィ今すぐそっちへ飛んでいきたいんだけど、身体が動かないんだよ〜。
「はい、今日のおやつはヨーグルト、いちごとキウイどっちがいい?」
 目の前に立ったセフィを、僕は訴えるように見上げた。
「ね、どっち?」
「う゛ー……わ゛……」
 必死に訴えようとするけど、声も出ないし、やっぱり身体も動かない。折角セフィが僕の為にヨーグルトを持ってきてくれたのに。なんかもう、僕ってダメすぎて涙が出そう。
「いらないの? いらないのならちゃんと言ってよね、ムダになるやん」
「う゛ー……あ゛ぅ…」
 違う、違うってばセフィ。ああ もうこのままじゃ、またセフィを怒らせてしまう。僕ってホント……。
「どうしたの、アービン。変だよ」
 あまりにも動かない僕の異変に気付いたのか、セフィはヨーグルトをテーブルの上に置くと、僕の隣に腰を降ろした。
 宝石みたいな翠色の瞳が覗き込んでくる。なんかちょっと心配そうな目。なのに僕はやっぱり何も言えないし、身体も動かない。ごめんね、セフィ。そんな心配そうな顔させちゃって。
「アービン、目がウルウルしてる。どしたん?」
 セフィの優しい声。そんな声聞いちゃうと僕、号泣しそうだよ。ソファに置いたまま微動だにしない腕に触れた手が温かい。セフィのぬくもり。セフィの優しさがそこから流れ込んでくるようだ。
「……セ、フィ…」
 声がでる! でも、それだけだった。
「もしかしてずっと同じ姿勢してたから、身体が強張っちゃった?」
 僕は何とか自由になる瞳で、全力でセフィに「そうだ」と答えた。それはセフィにちゃんと伝わったようで、セフィがクスッと笑った。
「アービンて、極端やな〜」
 そう言うとセフィは、僕をぎゅっと抱きしめてくれた。セフィの身体の柔らかさ、セフィの匂い。心も身体も解きほぐされていくのが判った。
「わーーっ! アービンッ!!」
 身体が動くようになった嬉しさを抱きしめ返すことで表わそうとしたら、勢いづいてセフィを押し倒してしまった。今日は思いっきり自重する気だったけど、セフィにはそんなこと分かるはずもなく……。



「…………くぅん……」
 バスルームに閉じ込められてしまいました。



 今日はもう許して貰えないだろう。僕はここで一晩明かす覚悟で丸くなった。空調が効いていなくて寒いけど、仕方がない。失態を犯したのは僕だ。追い出されなかっただけでも善しだ。
「セフィごめんね、おやすみ」
 僕は、寒さから身を守るように、耳とシッポをペタンと身体にくっつけて目を閉じた。

 寒さに慣れ、うとうとし始めた頃、ふいにバスルームのドアが開いたのが分かった。
「アービン」
「……く……ん……」
 もう瞼を開けるのも億劫だったので、ロクな返事が出来なかった。
「ね、アービン」
 僕がジャマなのかセフィは僕を揺すった。
「アービン、冷たい!」
 ひどく慌てた声だった。そうかな、僕はもう慣れたけど。
「アービン起きて、早くベッドに入って!」
 ああ、これは夢なんだ。だからこんな僕の願望丸出しみたいな台詞が聞こえるんだ。そっか〜、夢か。なら、僕の好きにしてもいいよね。


「セフィ、あったかい」
「まだアービンの身体は冷たいよ」
 温かいベッドの中で、セフィがざかざか僕の身体をさすってくれる。セフィにこんなことしてもらえるなんて、夢でも幸せだな〜。現実ならもっといいのにな〜。
「ありがとうセフィ」
 僕は感謝の気持ちをこめてキスをした。そしたらセフィからキスを返された。夢ってすごいな〜。何でもオッケーなんだな。
 そっか〜 じゃ、もっと…………。

2009.02.26〜
ありがたくも夢オチではないのだよアービン。
朝、腕の中のセフィにびっくり仰天するといい。

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アービンわんこ 3

 今日も今日とて、アービンわんこはセルフィの部屋で、セルフィの仕事が終わるのをじっと大人しくして待っています。
 もうずっとそんなカンジなので、「いい加減慣れて〜」とセルフィは思うのですが、そこはアービンわんこ。生まれながらというかセルフィ限定で「構って〜」な性格なので、じっと待つことは彼にとっては相変わらず苦痛です。

 これでも慣れたと思うんだけどな〜、大人しくセフィを待つの。
 コンピュータを忙しなく操作している愛しくてカワイイ背中に向かって、アーヴァインは溜息をついた。
「アービン、もうちょっとで終わるからね〜」
 アーヴァインの念が通じたのか、セルフィがくるんと椅子を回転させて振り向き、にこにこ笑顔でそう言った。
 我慢していればきっといいことがある。(我慢しなかった時でもセルフィはちょっと怒った後、いつもアーヴァインを許してくれるのだけれど)そう思って、ひたすらセルフィを言いつけを守ってきたけれど、今の笑顔はアーヴァインにとってまるでご褒美のようだった。それが証拠に耳はピンと立ち、シッポはソファを叩くほどブンブン揺れていた。


「終わったよーアービン。ちょっとはんちょのトコ行ってくるから、そのあと一緒に散歩に行こうね〜。あ、外暑いからアービンの帽子貸してねっ」
「うん、待ってるよ〜」
 もうシッポがちぎれるんじゃないかと言うくらいブンブン振って、アーヴァインはセルフィを見送った。
 いつもならぎゅ〜って抱きしめてから見送るのだけれど、今はそれも自粛していた。
 夏のイキモノは熱いのだ。
 密着するとセルフィがとても暑がる。だから自粛。淋しいけど、自粛。


「セフィ遅いな〜」
 セルフィがちょっと行ってくると言って部屋を出て行ってから、小一時間ほど過ぎた。けれどセルフィはまだ帰って来ない。
 アーヴァインは愛用のテンガロンハットを斜に被り、窓際に立って外に広がる青空を見上げた。とてもキレイな青をしている。けれど、夏のバラムはとても暑い。アスファルトの道路なんか、陽炎がこれでもかとゆらゆらしているだろう。それを差し引いても、バラムが一番美しいのは夏だ。散歩の締めくくりに海へ行けばきっと夕日が沈む頃で、波打ち際で遊ぶのも楽しくてセルフィも喜ぶと思う。
 アーヴァインがそんなことを一人妄想していた時、ドアが開いてセルフィが帰ってきた気配がした。
「セフィ、おかえり〜」
 くるんと振り返り笑顔で出迎える。
「アービン!」
 セルフィは部屋に入ってくるなりアーヴァインに駆け寄って飛びついた。
「わっ、わぅんっ!?」
「アービン、さむーーい! あっためて!」
「え、え、どしたの、セフィ!」
 この暑い日に寒いとはどうしたことか。アーヴァインはワケが分からなかったが、彼女の希望通りセルフィを優しく抱きしめた。
 そして分かった。セルフィは本当にひんやりしている。何故なのかは分からないが冷たい。夏は密着を嫌がられるだけに、これはアーヴァインにとって嬉しい誤算以外のなにものでもなかった。だから、ひたすらセルフィがもういいと言うまで、抱きしめてじ〜っとしていることにした。
「やっと生き返った〜、ありがとねアービン」
 ちょっとだけ身体を離して、セルフィはアーヴァインを見上げていた。
「どういたしまして、で、何でこんなにひんやりしてたの?」
「冷房が効きすぎてて、身体が冷えた」
「スコールんとこで?」
「うん。びっくりした設定温度17度とかになってるんだよ。スコール人間じゃないよ〜。いくら寒さには強いあたしでも、夏の17度はムリ〜」
「そうだったんだ。何か事情があったのかな」
 スコールがそんなに寒がりだった話なんて聞いたことがない。きっと何か理由があったのだろうとは思ったが、アーヴァインはここは素直にスコールに感謝した。
「ん〜、そうかもね。でも夏はちゃんと暑い方がいいよ。アービンにくっつくのは少なくなっちゃうけど」
「え? え? 今なんてセフィ」
「な、なんでもなーーい。まだちょっと寒いから、ぎゅってして!」
 そう言ってセルフィは、アーヴァインの胸に顔をうずめた。
「う、うん、分かった」
 今とんでもなく嬉しいことを言ってくれたような気がしたけれど、アーヴァインは深く追求するのはやめた。それより腕の中にいるセルフィの温かさと柔らかさを堪能したい。
『夏の間はずっと室温は17度設定にしといて、ってスコールに言おうかな……』
 窓の外に広がる真っ青な空と大きな入道雲を見て、アーヴァインはそんなことを思った。

2009.08.01〜
アービンわんこ、ものすごく役に立ってる!
君たちは、夏もおかまいなしにイチャイチャしていればいいよ〜。

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