いくつ季節を過ぎてもここに… 11.5

「アレ、放って来たけどいいのか…」
「じゃあ、ゼルはあそこに入れた?」
「うーん、それ言われるとなー」
 丸いテーブルに肘をついて、ゼルはバツが悪そうに少し頭を掻いた。
 空気を読むのは苦手だけど、鈍いという訳ではないんだ。
 何故ゼルが三つ編みちゃんとお付き合い出来る事になったのか、リノアは不思議に思っていたが、何となくその理由が分かった気がした。
『まぁ、それなりに優しい所はあるし。手先は器用だしね』
 手先が器用なのは、人付き合いにはあまり関係ないと思われるが、そういう細かい所はリノアもまた無頓着だった。
「もう安心みたいだし、私達は後からゆっくり会いに行けばいいわ」
 香ばしい香りの立ち上るコーヒーカップに口を付けながら、キスティスはいつものように落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 エスタに着く前は、まだアーヴァインの容態に変化無しとの情報が最新で、助かるのか助からないのか、不安な思いのまま医療センターに到着した一行だった。そんな気持ちを抱えて到着したアーヴァインの病室で、飛び込んできた光景は……。
 少々呆れるというか、タイミングが悪すぎたというか、ゼルすら何も突っ込めなかった位だった。
「だよね〜、今は二人きりにしとていてあげたいよね〜」
 温かいココアに口を付ける事もせず、リノアは組んだ手の上に顎を乗せ、にこにこと言うよりにやにやと何か妄想に耽っている風だった。
「あいつら俺たちに気が付いてたんだろうか」
 誰に言うでもなく、ぼそりとゼルが呟いた。
「気が付いてない! に一票!」
「私も、リノアに同じく」
「……」
「……」
「……」
 暫し、少し離れた所に置いてある自動販売機の稼働音と、ゼルがミルラルウォーターをごくんと飲み込む音だけが、三人の居る空間を流れた。

「ここにいたのか」
「スコール、ドクターとの話は終わったの?」
「ああ」
 リノアの隣に腰を降ろしながら、スコールは話を始めた。

 ドクターの話によると、アーヴァインは危険な状態は脱したとの事だった。副作用等の症状はまだ現れていないが、懸念が去った訳ではなく今後も慎重に経過を見る必要がある。
 だが、このまま順調にいけば、一ヶ月程度でバラムへ移る事が出来るだろうとの事だった。

「何はともあれ良かったわ」
「全くだぜ、でないとまたリノアが暴れてたんじゃねーかと思うと、ホント良かった」
「ゼル!! 友達を心配して何が悪いのよーー!」
「悪くはないが、自分の事も大事にして貰わないと、こっちが……」
「スコーールーー!」
 言いかけた途中でいきなりリノアに抱きつかれ、続きは深い溜息に飲み込まれてしまった。


「そろそろ、アーヴァインの所に行かない?」
 キスティスの言葉に、仲間達は漸く何のために此処に来たのかを思い出した。

初出 2007.11.06
「いくつ季節を過ぎても…11」のスコール達視点の話でした。アーヴァインが目を覚ました直ぐ後、彼らも到着してました。アーヴァインとセルフィは、ちっとも気が付いてません。

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- 静 夜 -

 真冬の夜なのに賑やかな都会(まち)。
 店も街路樹も華やかな彩りを添えて人々を楽しませている。

 久し振りの休暇、初めて訪れる場所での待ち合わせ。
 今日、此処が良いと言ったのは自分。
 だから嬉しくて、約束の時間より随分早く来てしまったのも自分、でも――――。


 内側にボアの付いた暖かいブーツの筈なのに、爪先から冷たさがゆっくりと身体を這い上がってくるようだ。
 育った土地の寒さに比べたら断然マシなのに、寒い……。
 同じ場所で待ち合わせをしていた人が、一人また一人と、待ち合わせの相手と嬉しそうに、色鮮やかな雑踏の中に消えていく。
 多分、彼ももうすぐやって来る、走って、息を弾ませながら、例え約束の時間前でも「待たせてごめんね」と、すまなそうな顔をして。

 夕方から降り始めた雪は、世界を白一色に染めようとしている。
 また少し、雪で視界が見えにくくなった。
 白く吐き出される息が今にも凍りそう……。
 視界が段々とぼやけてきた。
 自分の周りの景色がゆっくりと色を失くし、いつの間にかモノクロームの世界になっていた。

 時計台の鐘の音が、約束の刻を知らせる。
 空から舞い落ちる雪は、ますます視界を真白に染めていく。
 夜の闇と雪の白だけが、自分の見ている世界の色……。
 寒い。
 爪先から這い上がった凍気は、心をも浸食し始めている。
 ポケットの中にある包みをそっと握ってみる。
 ちゃんとある大丈夫、でも――――。
 ネイルの小さなラインストーンが一個失くなっていた。
 ちぐはぐになってしまった右手と左手。
 何度も何度もやり直して、やっと綺麗に仕上がったのに……。
 滅多にネイルアートなんてしないのに、今日の為にがんばったのに……。

 目の前の世界が、涙でぐらりと歪んだ。

 この世界に居るのは自分一人――――。
 そんな気さえする。

 もう立っていられない――――。



 視線の先、漸く現れた人影を認めると、あたしは待ってなんかいられなくて駆け出した。

「アービン!」

 息を弾ませながら駆けて来る人。
 その人の腕が少し開かれた時、あたしは地面を蹴って飛び込んだ。

『大好き!』

初出 2007.12.02(12.12改稿)
とある冬の街での待ち合わせ。一人で待つ時間は果てしなく長い。

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Mistletoe kiss

「遅くなった……」
 寄りによって、こんな大事な時に些細なミス。
 浮ついた気持ちで任務を行っていた僕を嘲笑うかのような。
 この分では約束の時間には間に合わない、何しろもう、その約束の時間の五分前。
「セフィ、ごめん!」
 僕を待っているであろう人に、謝罪の言葉を呟く。
 彼女の初めての場所で、一人で待っているのに……。
 外に出たら、途端に身を切るような冷たい風が吹き抜けた。
 リボンの掛かった小さな包みをきゅっと握り、一度息を吸ってから目的の場所へ向かって走る。
 通り過ぎる景色は黒と白、そして所々淡い黄色や青色や赤色の光が、逸る心を少しだけ慰めてくれる。

 すれ違う人は、皆楽しそうだ。
 それを横目に大通りの人混みを、縫うようにひたすら走る。
 雪はまるで僕を阻止するように、ますます降りしきる。
 冷たい風は相変わらず、頬を切ろうとする。

 だが、彼女はこの暗くて冷たい景色の中待っている、僕を。
 待ちくたびれて帰ってしまっていたらどうしよう。
 それならまだいい。
 誰かに――――。
 そう思うと、不安で堪らない。
 急げ! 最初から急いでいるけど、急げ!


 漸く見えた約束の場所。
 人影はもう殆どない、その中にぽつんと一つ淡いコートの色が見えた。



「セフィ! 待たせてごめんね」
 飛び込んで来た愛しい重みをぎゅっと抱き締める。
「遅いよ、アービン」
「ごめんね、本当にごめんね……」
 言葉とは裏腹に、彼女は花が咲くように笑ってくれた、いつものように怒る事も無く。
「その代わり、今日はあたしの言うこと聞いてな」
「いいよ」
 それ位で許して貰えるならお安いご用だ、……多分。
 ふと髪に何かが引っ掛かっているのを感じた。
「あ、コレ……」
 それを確認して、彼女にキスをした、長い――。
 離れて、淡い黄色の小さな実を一つもぐともう一度キスをする。
 そして、また一つ実をもいで、キス。
「アービン! いい加減にしてよ〜」
 尤もだと思う、多分彼女は知らないだろうから。
 抗議の瞳を差し向けて来る彼女に、指で指し示す。
 やっぱり怪訝な表情(かお)で、考えを巡らしている。
「今日だけは、ヤドリギの下では、若い娘にキスをしてもいいんだよ、実の数だけ。そして、娘は拒んではいけない」
 大きな瞳を一段と大きくして、仄かに頬と耳を染め僕を見上げてくる。
 笑った顔も大好きだけど、今の顔も大好きだよ。
「ホントに?」
「この地方の古くからの言い伝えだよ。今も守られている」
「そうなんだ」
 人目のある所でのキスを、快く思わない彼女への絶好の口実。言い伝えは嘘でも何でもない、本当の事だから、今日は実の数だけキスをしよう。
 今日という日は、誰も僕らなんて見ていやしない。


 そして言おう。
「キスをした二人は、一緒に眠って良いって事も、言い伝えにはあるんだよ」と。

初出 2007.12.25
クリスマスによく語られるヤドリギの逸話。起源はキリスト教よりも古いとか…。どれだけ実がなっていたのか、激しく気になります。
最後の一言はアーヴァインのねつ造です。

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